2015年07月26日

慰安婦ビジネスの破綻

米政界きっての反日活動家、マイク・ホンダ議員。かねてより韓国人「従軍慰安婦」問題で米国における支援宣伝活動の急先鋒として知られている。

そのホンダ議員が今度は「台湾人慰安婦が20万人いる」というすっ飛んだ発言をしているらしい(楽天NEWS/産経)

>慰安婦問題で日本の責任を追及している米国のマイク・ホンダ下院議員が「いわゆる慰安婦のうち20万人が台湾出身」とする声明を出していたことが25日明らかになった。ホンダ氏はこれまで、アジア太平洋で「20万人」が慰安婦になったと主張してきた。同氏の事務所は事務的なミスとしているが、同氏が慰安婦問題を語る際、事実関係の検証を厳密に行っていないことが浮き彫りになった
>ホンダ氏は17日、米カリフォルニア州ロサンゼルスに立ち寄った台湾の馬英九総統と面会。メディアや支持者に内容を伝える声明で「私は長らく安倍晋三首相に慰安婦に対する公式な謝罪を求める声を代弁してきた。そのうち20万人が台湾出身だ」と言及。また、慰安婦が「家族から引き離され、性的奴隷としての暮らしを強いられた」とした
>しかし、ホンダ氏は今年4月の米上下両院合同会議での安倍首相の演説を受けて出した声明では、首相が慰安婦に対して公式に謝罪しなかったとし、「アジア太平洋からの20万人の少女や女性」への侮辱であると強調していた
今回のホンダ氏による声明の通り「台湾だけで20万人」となると、朝鮮半島出身の慰安婦は存在しなかったことになる
>ホンダ氏の事務所にこれらの点を指摘し、「20万人」の根拠を明確にするよう求めたところ、「スタッフ側の誤り」と回答。数字の根拠は示さなかった


朝日新聞の虚偽報道が明らかになって以来、朝鮮・韓国人慰安婦については旗色が悪くなりだしたと見て、台湾を巻き込み慰安婦ビジネスの戦略転換と拡大を目論んだのかもしれないが、図らずも「20万人」という数字自体の信憑性に疑問を抱かせる結果となり完全に裏目に出たのではないか。話した相手が「馬」だけに飛んだ馬脚を現したようだ(お粗末でした)。

この議員、確か政治資金を受けたアジア系外国人を国務省の行事に招待するなどして米議会倫理局の調査に曝されていたのではなかったか。

出鱈目、いい加減、論より情と非常にどこかの国のメンタリティに近いものがあるが、こやつを「事務方のミス」で逃がすこと無く「20万人」の根拠を開示するよう徹底的に追究すべきだろう。日本政府がするのが本来だが、良識の保守政治家や言論人が是非公式に声を上げ、「慰安婦ビジネス」が破綻していることを国際社会に示してほしいものだ。
posted by 三四郎 at 09:15| 千葉 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月25日

混濁の論理

思った通りの国から思った通りの反応が現れた。

三菱マテリアルの前身会社が戦時中に米軍捕虜や中国人労働者を強制労働させたことについて、同社が元捕虜および関係者に謝罪したことについて、韓国メディアは「韓国だけ無視している」と火病を起こしているようだ(楽天NEWS/時事)

>三菱マテリアルが戦時中の強制労働問題で、米中両国で元労働者らに謝罪するなど積極姿勢を示したことに、韓国メディアは「韓国だけを無視している」(YTNテレビ)と受け止めている。米中と韓国は事情が異なるため、同社の対応に違いが出ているが、韓国では「恨み節」が広がっている
>三菱マテリアルは19日、戦時中に旧日本軍の捕虜となり、鉱山で強制労働をさせられた元米兵や遺族らに謝罪した。また、元中国人労働者や遺族が謝罪や賠償を求めた問題で、元労働者側との和解に応じ、救済を目指す方針を固めた
通信社・聯合ニュースは24日、こうした動きを「韓国だけを外している」と批判的に報道。三菱重工業が訴えられた韓国での徴用工訴訟への影響を懸念し、韓国には踏み込んだ対応を取れないとの見方を示した


捕虜を強制労働させることは国際法に反する。中国人も占領地の外国人を強制労働させたというならこれまた謝罪や補償に値する問題だ。

しかし韓国人たちは当時日本国民だった。彼らが認めようと認めまいと動かしがたい事実である。日本国民であれば、日本の国法のもとに徴用されるのは受忍すべき義務ではないか。そこに当時の国内法や社会通念に照らしても受け入れ難い過酷な状況があったとすれば、そのことにおいてのみ謝罪と補償を要求する余地がある。

捕虜や占領地外国人と同列に扱わないのは当然のことである。意図的に報じているのであれば悪意の便乗であり、意図せずに批判しているのであればメディアとしてあまりに無知か、なんでも「マジェマジェ」にする国民性の発現と見るしかない。

こういう国と友好や信頼の関係を築くのはやはり無理というものだ。
posted by 三四郎 at 09:25| 千葉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月20日

承知の上の情報戦

中共政府は内政コントロールの必須アイテムとして「反日」を利用することはほぼ周知の事実だが、官製メディアの論説に「中国は日本に寛大になるべき」という主張があるという(読売電子版)

2002年に論文「対日関係の新思考」を発表し、日中両国で大反響を巻き起こした中国共産党機関紙・人民日報の元論説委員、馬立誠氏(68)が、7日、13年ぶりに続編を中国のウェブサイト「共識網」に公表した
>続編の表題は、「中日和解は第2次大戦後70年の最良の記念である――対日新思考を再び論ず」。戦後70年に際し、日中の和解には、中国の寛容さが不可欠と強調している。歴史認識問題で、一方的に日本を断罪してきた中国自身に変化を促す異例の内容
>馬氏は、「寛容」に関して、ドイツ―フランスの和解例などを踏まえ、「中日の和解なくして、東アジアの安寧はない。カギは、憎み続けない、ということだ」と指摘。被害国側の態度が、決定的に重要との認識を示した
反日宣伝と対極にある主張であり、中国国内で論議を呼ぶ可能性がある
>馬氏は、代表的な体制内改革派として知られ、中国世論や政権幹部層に強い影響力を持っている


何やら素直に信じられない。中共の官製メディアであれば、当然その内容は事前に検閲済みであろう。党の表向き対一路線と軌を異にするようではあるが、結局のところこれも国際世論向け宣伝工作の一環だろう。

そもそも「中国が日本に対して寛容になるべき」という認識自体、俺的にはプロパガンダ臭がプンプンする。戦後の日本は対中国交正常化以来、ODAや有償無償の借款、リスクを承知の民間投資など、陰に陽に中国の国づくりを支援する形で「謝罪と賠償」をしてきた歴史がある。

そのプロセスがあればこそ、中国の今日の発展があるはずだ。かくも日本は中国に対し「誠意」を示してきたことを、中共は意図的に隠している。そして未だに自ら「被害国」として振る舞い、日本に「貸し」があるとする発想は友好の促進には役立つまい。

むしろ今日の日中関係を俯瞰すれば、尖閣領有権僭称、東シナ海の一方的なガス田開発、小笠原諸島近海での珊瑚違法乱獲と、日本こそ被害者と言うべき事例ばかりだ。

馬氏の意図を善意に解釈すれば、中共一党独裁体制においてはそのように言うしかないのかもしれないが、自らの無法振りを棚に上げ、依然として「謝罪も賠償もしないヒール国家」のイメージを日本に負わせている点で俺は評価できない。

もう一つ突っ込ませてもらうならば「ドイツ-フランスの和解例」を挙げているようだが、両国とも一時期の東独を除いて、自由な民主主義国家である。一党独裁で党論を国論として統制し、国民を洗脳する体制にはない。

中共が自ら解体し、言論の自由が確保された民主的連邦国家にでもなれば別だが、現状体制下で真の日中和解と友好はないだろうと俺は考える。
posted by 三四郎 at 18:30| 千葉 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月19日

対馬に国の梃入れを

日本の「国境の島」は政治的にも経済的にも、どこも危機に瀕している。そのことを日本政府・政権はどこまで認識し、真剣に対策を考えているのだろうかと疑問を感じさせるニュースがある(読売電子版)

韓国に近い長崎県対馬には、年間約19万人の韓国人旅行客が訪れている
それに伴い韓国人による文化財の盗難事件も増えつつある
>立像を盗んだ窃盗団は、観音寺から「観世音菩薩坐像」も盗んだ。さらに、昨年11月には、韓国人の男5人が同市美津島町の梅林寺で銅製の仏像「誕生仏」と300巻を超える大般若経を盗んだとする窃盗容疑などで県警に逮捕された
>盗難多発の一因について、後継者不足などで無人の寺社が増え、仏像をはじめ文化財の管理が手薄になっている点が指摘されている
>今回戻った立像は、海神神社の宝物館が盗難時にかぎが壊されため、当面、県立対馬歴史民俗資料館で保管することになった。相次ぐ文化財の盗難を受けて、地元では「公的施設に管理を任せてみてはどうか」との意見も出ている
>これに対して同神社の扇さんは「ご神体は、本来は神社にあることが望ましく、氏子たちの大半は地元で保管したいと考えている」としたうえで、「国には、神社での保管について、宝物館の整備費の補助なども検討してほしい」と話した
>毎年8月に対馬市で開かれている夏祭り「対馬厳原港まつり」。12年の事件を受け、13年のまつりではメイン行事の「朝鮮通信使行列」が中止になり、サブタイトルの「アリラン祭」の表記も削除された。14年は復活を決めたが、天候不良で行列は取りやめた
>同行列振興会の稲田充会長(59)は「日韓で朝鮮通信使の関連史料を記憶遺産にという動きもある。1体だが仏像も戻ってきた。日韓交流のさらなる進展に向け、今年は行列を成功させたい」と話した


韓国人旅行者に島の経済を少なからず依存している以上、記事末の「朝鮮通信使行列振興会」会長の弁もポジショントークとしては理解できる。

しかしあの国との関わりを深めることの危うさは冒頭3行で言い尽くされている。

韓国人が民族的・人種的に盗癖があるというつもりはない。しかしそうでなくとも旅は非日常に身を置くことで人の心を開放する。日本にも「旅の恥は掻き捨て」という言葉もあるくらいだ。物心ついた時から捏造と歪曲と自己中心史観に基づく反日教育を徹底されていれば、日本での犯罪行為に対する心理的障壁はかなり低くなっていると思う。

こういう隣国に経済を依存することの危うさを、県も国ももっと根本から考え直すべきではないか。島に企業を誘致したり公的施設を置くことばかりではない。日本人旅行者を増やし韓国人観光客への依存度を相対的に低めることが、島の治安や環境向上のために必要ではないか。

たとえば中高生の修学旅行先に対馬を組み入れるのもいいだろう。政治的に歪んだ関係の隣国へ行き、「謝罪行脚」を強いられるよりも、国境の島で日本のいまを学ぶことのほうがはるかに有意義だ。こうした旅行には政府として補助金を出すしくみもあっていい。

沖縄もそうだが、離島振興は住民の努力だけで成り立つものではない。成り行きに任せれば隣国に政治的・経済的に大なり小なり依存せざるを得なくなる。そうして住民の日本に対する帰属意識や求心力が薄れていくことが何より大きな損失だ。

政府には対馬への梃入れを地方創生プログラムに是非組み入れてほしいものだ。
posted by 三四郎 at 16:53| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月18日

小出しに返す意味不明

長崎県対馬市の神社から韓国人窃盗団に盗まれた仏像の一体がやっと返還されたようだ(読売電子版)

2012年に盗まれ、韓国に持ち込まれていた国指定重要文化財「銅造如来立像」(高さ38・2センチ)が18日、約2年9か月ぶりに所有者の長崎県対馬市の海神神社側に引き渡された
>像は17日に韓国で日本政府関係者に引き渡され、18日午前の福岡空港発の旅客機で対馬市に到着。文化庁の職員2人が同市の県立対馬歴史民俗資料館を訪れ、神社関係者に渡した。神社の保管庫は盗難時にかぎが壊されており、当面は同資料館で保管される
>引き渡しは非公開で、像は数本の指の一部が欠けていた。文化庁によると、1974年の重要文化財指定当時、左手の五指と右手の中指など三指がすでに欠けており、同庁は「盗難でさらに欠けたのかは不明」としている
>引き渡しに同席した市教委職員によると、文化庁職員から、像が盗まれた神社の保管庫内に指先が残っていないか念のため確認するよう求められたという。神社側は「少なくとも右手中指の指先は、盗まれる前はあったはずだ」としている
>如来立像は12年10月に同神社から盗まれ、窃盗団の刑事裁判終了後も韓国で保管されていた。韓国最高検は15日、「国内で所有権を主張する寺社や団体がない」とし、日本側への返還を発表。「盗難当時の所有者だった神社が(所有の)正当な権利者とみるのが相当」として返還が決まった
>一方、対馬市の別の寺で盗まれた長崎県指定有形文化財「観世音菩薩坐像」については、韓国の寺の訴えで移転禁止の仮処分決定が出されて返還されておらず、日本政府が返還を求めている


明確な盗品を持ち主に返すのに2年9か月もかかり、挙句に毀損されていたようだ。全くあの国は法も出鱈目なら、「もともと韓国のもの」という名分にも拘らず当たり前の保管行為さえ満足にできていなかったことになる。つくづくと未熟にしていい加減な国柄である。

しかももう一体は韓国の寺がごねており、いまだ「盗難時の持ち主への返還」という当然の決定さえ出せていないという。ゼロどころか未だマイナス状態というわけだ。

一部報道によれば、今回の仏像「1体」の返還は韓国からの関係改善へのメッセージであり、日本に対する「譲歩」という意味もあるようだという。実に笑止千万、愚か極まりない理屈である。

一体づつ小出しに返すあたり実に姑息でいやらしいが、そんな「下心」が実際ありそうだと思わせるものがある。しかし盗んだものは返すという当然の行為が、外交のカードになり得ると本当に考えているのだろうか。

身勝手な屁理屈をこねくり回しているとさらなる仏罰が下る羽目になろう。今更の関係改善など無用、もう日本人は呆れているのだ。さっさと返すものを返してもらって関係を清算したいというのが本音だ。
posted by 三四郎 at 14:30| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月16日

異様な光景

それにしても異様な光景である。

衆院特別委員会での安保関連法案の採決場面において、自らは採決を拒否しておきながら議場でデモもどきのプラカードを掲げて「反対!反対!」とヒステリックに叫ぶ野党議員たちのことだ(産経電子版)

民主党は15日の衆院平和安全法制特別委員会で行われた安全保障関連法案の採決に際し、「強行採決反対!!」などのプラカードを掲げて対抗した。採決を阻止しようと浜田靖一委員長(自民)に詰めよって「反対」を連呼し、最後まで抵抗した
>特別委がヒートアップしたのは正午過ぎ。浜田氏が大声で質疑の終結を宣告すると、民主党は用意していた「強行採決反対!!」「自民党感じ悪いよね」「アベ政治を許さない」などと表記したプラカードを一斉に掲げて抵抗。安住淳国対委員長代理ら委員以外の“応援組”も多数加勢した
民主党議員は浜田氏を取り囲み、マイクや議事進行の資料を奪おうとしたが、浜田氏は必死に議事を続行。辻元清美氏が浜田氏の目の前で涙声で「お願いだから、やめて!」と叫び、「反対、反対、反対…」のコールがわき起こった
>ただ、野党の足並みがそろったとは言い難い。維新の党と共産党の議員も採決直前の質疑では政府案の採決反対を訴えた。だが、維新は、同党が提出した安保関連法案の対案が否決されると、政府案の採決前に退席。共産党も浜田氏の近くまで詰め寄るほどの抵抗はせず、民主党の独壇場となった
>民主党の岡田克也代表は記者団に「強行採決されたことに強く抗議する。安倍晋三首相が国民の理解が深まっていないと認めた中で今採決する必然性はなかった」と述べた。維新の松野頼久代表は「ひどい強行採決だった。まだ審議が足りない」と語った


いやしくも国会は民主主義のルールに則り言論を戦わせる場だろう。民主党議員たちの姿、やり方はその場にそぐわない恫喝と暴力に紙一重である。社会党以来、何一つ変わっていない。その点は70年の歳月を経て国際情勢の変化に対応できていない「憲法」とも重なるイメージがある。

中国の覇権主義が東シナ海や南シナ海で日々脅威を増しているという現実を見ず、本質的建設的な議論を展開しようともせずに「反対」を叫ぶばかりでは一般国民も訳が分からなくなるだろう。

国民の理解が深まらないことの責任は、憲法学者の学説を盾にして、現実を見ずに本質的な議論を深めようとせず、「安倍政権の暴走」という印象論にリードしてきた野党にも大きな責任がある。

野党、とりわけ民主党議員諸氏は「反対を貫き通す」姿に自己陶酔しているように見える。同類支持者たちからは喝采を浴びるだろうが、少なからぬ国民は、少なくとも俺は、この党には日本を任せたくないとの思いを新たにした。
posted by 三四郎 at 08:38| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月13日

楽なお仕事

「日刊ヒュンダイ」が新国立競技場の顛末について、デザイン選定責任者の安藤忠雄氏を批判した下村文科大臣を「責任転嫁」と非難している(nifty ニュース by 日刊ゲンダイ)

>「何を今さら」じゃないか。世間のバッシングに恐れをなしたか、下村文科相が、建築家の安藤忠雄氏に責任を転嫁し始めた。総工費2520億円でも足りないともっぱらの20年東京五輪・パラリンピックメーン会場「新国立競技場」建設問題である
>下村文科相は10日の記者会見で、「(当初総工費の)1300億円がどの程度、デザインをする人たちに伝わっていたのか。値段とデザインを別々にしていたとしたらズサン」と評論家のように批判。デザイン選定の審査委員長を務めた安藤氏については「堂々と自信を持って、なぜザハ・ハディド氏案を選んだのか発言してもらいたい」などと言い、選考過程を検証することを示唆した
>「デザインを選ぶのは、建築家である安藤氏の仕事。それを実行に移すかを最後に決めるのは、政治家の仕事です。総工費が当初の2倍近くに膨らみ、予算に合わないとなれば、下村文科相が所管大臣の立場で方向転換を図ればいいし、図れるはず。それを世間のバッシングを浴びた途端、責任を転嫁するような発言をするのは、政治家として醜悪すぎる。むしろ混乱を招いた責任を取って、辞任してしかるべきですよ」(政治評論家・森田実氏)
下村会見はネット上でも〈この期に及んで人のせいかよ〉などと非難の声が渦巻いている
>巨額の総工費をめぐっては、俳優の渡辺謙もツイッターで〈ずーっとお金がかかり続ける体育館を建てて世界に驚いてもらおうとする〉などと皮肉っていた。橋下徹大阪市長も「お金がない家庭がフェラーリを買おうとしたら『アホか』と言われる」などと指摘していたが、この件に関してはその通りだ
>さらに、建築エコノミストの森山高至氏の試算によると、新国立は建設から解体まで、建設費や維持管理費、光熱費などを含めて1兆80億〜1兆2600億円かかるという。森山氏は「財政的に後世の国民を苦しめることになるし、そもそも、新国立はもう五輪に間に合わないと思う」と、こう続ける
>「コスト高の要因になっている2本のキールアーチは(弓状なので)地下深く掘り、両端を“弦”で結ぶようにして足元を留める。ダイバー方式といいますが、地下鉄の国立競技場駅が60メートルぐらいの距離にあるので、ダイバー方式は難しいという“構造上の欠陥”があるのです。それに、競技場に特化したごくオーソドックスな日産スタジアムでも、工事期間が3年9カ月かかっている。難易度の高いキールアーチが加わる新国立は、もっと時間がかかるでしょう。もう政治家の責任でデザインを見直すべき時で、そのうえで選考過程の“謎”を検証するならどうぞ、です
>ちなみに、新国立は今年10月に起工し、3年半後の19年3月にオープン予定だ
>安倍首相は10日の衆院平和安全法制特別委で「(デザインを)変えることが可能か検討しているが、間に合わない可能性が高いとの報告を受けている」と言った。このデザインとカネではムリなのに、いまだに非を認めないのだからどうかしている。東京五輪なんてできるのか?


新国立競技場になぜ2500億円(それでも足りないという)ものカネをかける必要があるのか、素直に疑問である。もっとシンプルかつ実用的でサスティナブルなデザインであるべきだし、そのカネを選手育成にかけたほうが皆が幸せというものだ。政治家の指導力で早々に軌道修正を図るべきという部分はそのとおりと思う。

しかしデザイン選定責任者の安藤忠雄氏の根本的な部分での責任はやはり免れないのではないか。

そもそも「建築」とは単なる芸術作品ではない。斬新なデザインに創り手の思想、所有者の意思を込めつつも、それが実際につくられ使われる場面を想像して実現可能なスケールとフォームに落とし込んでいくプロセスが必須だ。建築が「妥協の芸術」と言われる所以である。

国内外に名声の高い安藤氏がこのことを承知していないはずがないし、「自分はデザインを選ぶだけ、あとは役人や政治家の仕事」というなら建築家としてあまりに無責任ではないか。コストと実現性も含めて目利きをすることが安藤氏に託された仕事と思うが、どうであろうか。「巨匠」にしては楽なお仕事もあったものだ。

まあこの期に及んで「犯人捜し」をする時間も惜しい。今度こそ誰が責任者なのか明確にして、そのリーダーシップのもとにスピード感を持って軌道修正と実行をするのみだ。

それにしてもヒュンダイは反安倍政権に関してはぶれない。安倍首相に「非を認めない」というが、そもそも新国立競技場建替構想がが具体的に動き出し、国際コンペを経てデザインが決定したのは2012年11月、即ち民主党政権時代のことだ。今更「ミンシュガー」と言うつもりもないが、何でもかんでも「悪いのは安倍」という論調には毎度のことながら辟易するというものだ。
posted by 三四郎 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

自衛隊員の遺書?

共同通信が面妖な記事を配信している。2010年7月〜2012年7月までの間に、陸自北部方面総監が隊員に対して「遺書のようなもの」をかかされていた、というのだ(niftyニュース by 共同通信)

陸上自衛隊北部方面総監部(札幌市)で2010年7月、当時の千葉徳次郎総監が「家族への手紙」を書くよう指示していたことが11日、元隊員などへの取材で分かった。各部隊長を通じ指示を受けた隊員の一部は「遺書を書かされたと感じた」と証言している
>総監部は、取材に対し「着任した総監が服務指導の一環で、家族に手紙を書くよう指示したのは事実だが遺書ではない。強制でなく任意だった」と説明。指示は総監が退任する12年7月まで続いたという


千葉氏の意図や指示の内容が記述されていない、甚だ断片的な情報に基づく記事で是非の論評さえできない。

しかし折しも国会で集団的自衛権に関わる安保法制論議がたけなわであり、賛否の国論を二分する中、あたかも「戦争法制」というレッテルを貼りつけ、「徴兵制復活」「自衛隊員が戦地に送られる」という左派陣営のネガティブキャンペーンと呼応するかのような記事内容に唐突さと違和感を感じる。

記者の意図が那辺にあるかは不明だが、ひとつ指摘させてもらうとすれば、この「遺書と感じる」手紙を書くよう指示された期間はちょうど民主党が政権にあった期間と一致している。政権の意図とするならそれは民主党政権の意図であろう。現在の自民党政権やまして安保法制論議には全く関わりのないことである。

味方のマスゴミからもブーメランを投げられるとはさすが民主党である。
posted by 三四郎 at 09:43| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月11日

憎まれ者の論理

「ああいえばジョウユウ」ではないが、中国人は自己の非を認めず、自身や自国に向けられた批判や懸念、あるいは非難さえ「評価」と言いくるめるようだ(読売電子版)

>キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の宮家邦彦氏と、日本で活動する中国人ジャーナリストの莫邦富氏が9日、BS日テレの「深層NEWS」に出演し、「中国は世界の脅威か」をテーマに議論した
>宮家氏は、米国が1日に発表した「国家軍事戦略」で中国がアジア太平洋地域で緊張を高めていると批判したことについて、「米中関係のターニングポイント。中国は、南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島の埋め立てなどで虎(米国)の尾を踏んだ」と指摘した
>莫氏は、「中国が名指しされるのは当然だ。中国の実力に対する角度を変えた評価だ」と述べた


日本で活動する中国人ジャーナリストといえば、ほぼ中共の工作員とみてよかろう。そう考えればいかにもらしい答え方である。しかしこれでは議論が噛み合わないはずだ。

南シナ海で強引に軍事力をちらつかせて覇権拡大を進めている姿を、中共に言わせれば「米国が中国の実力を評価」していることになるらしい。ならばISのような国際テロ組織は国際社会からあまねく高い評価を受けていることになる。まさに「力こそ正義」で「憎まれ者の論理」である。

日本は、このように自国のためなら「黒」を「白」と言いくるめ野望を隠さず、覇道を邁進する危険極まりない国家と隣り合わせにいる現実がある。「集団的自衛権」で反対論を唱える向きは、こうした現実にどう対峙しろというのか。自国を防衛するカードを増やすことができない政治など害悪でしかない。
posted by 三四郎 at 09:45| 千葉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月06日

愚かな妥協

すったもんだのやり取りの挙句、「軍艦島」を含む「明治日本の産業革命遺産」は世界遺産登録諮問機関「全会一致」で登録されることになったらしい(TBSニュース)

>日本と韓国の政治問題になっていた「明治日本の産業革命遺産」ですが、最終的に韓国は反対せず、全会一致で世界遺産への登録が決まりました
>ドイツのボンで行われた「産業革命遺産」の審議では、事前の根回しの結果、日本も韓国も発言しないまま、全会一致で登録が決まりました
>日韓は「強制徴用」の歴史をどのように織り込むかで折り合いがつかず、審議が丸1日持ち越されていました。結局、日韓それぞれが、登録が決まった後に会場で意見陳述することで合意し、日本側は「多くの朝鮮半島出身者が意思に反して働かされた」と表現することで韓国側への一定の配慮を示しました。一方、韓国側は歴史全体の記述を求めた世界遺産委員会諮問機関イコモスの勧告を達成するよう求めました


事前の外相会談で「合意」したにも関わらず、本番で韓国側は手のひらを反して難色を示し、結局日本が「意に反して(forced to work)」という言葉を発信することになったらしい。とんだ茶番である。

日本側は「強制徴用を認めたわけではない」というが、第三者的に見れば「意に反して」労働させることは即ち「強制」したことと同義ではないのか。

しっかりと学問的に追究、検証すれば真実の実態が証明されることだろうが、多くの第三国にとってそこは「どうでもいいこと」である。しかしこの「軍艦島」で日本が朝鮮人を「強制的に働かせた」ということを日本が認めたという「認識」は残る。まさに韓国のディスカウントジャパン路線がまた一つ達成されたことになる。

日本の外交筋はいったい何を学んできたのか。また国益というものをどう捉えているのか、甚だ疑問と言うしかない。「世界遺産登録」は何も全会一致である必要はないはずだ。広島の原爆ドームのときは米国が最後まで反対していたと記憶している。そうであれば事実を誤魔化してまで韓国にことさらな配慮を示す必要などない。

むしろ問いたいのは、今回、登録達成という目先の利益を敢えて捨て、韓国の横槍を拒否するという選択肢はなかったのかということだ。貴重な遺産に「強制徴用」というイメージを定着させられるよりも、その方が遥かに国益に適うのではないか。各地地元の「期待」はあろうが、ことは国の名誉に関する問題である。安い「配慮」が恣意的な捏造を生み、国の足枷となることは「従軍慰安婦問題」が証明している。

今回韓国は「歴史全体の記述を求めた世界遺産委員会諮問機関イコモスの勧告を達成するよう求め」たという。これを対日外交カードの一つとして、折に触れその「達成状況」を持ち出しては難詰し、「慰安婦」に代わる新たなゆすりたかりのネタにするであろうことは容易に想像できる。

一歩引けば二歩踏み込むやくざまがいの行動を国家レベルで行う国と、この先どう付き合うのか。韓国外交の本質は、少なくとも日本に対する限り北朝鮮の人質外交・瀬戸際外交と変わるところはない。日本人は目先の利益や「隣国との友好」という中身の無い題目に捕われることなく、今度こそ教訓をくみ取らねばならない。
posted by 三四郎 at 08:48| 千葉 ☔| Comment(2) | TrackBack(3) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする