2015年10月31日

戦略なき対症療法

日本政府はユネスコに日本人委員を送り込み、発言力を高めようとしているらしい(読売電子版)

>政府は30日、世界記憶遺産の審査に影響力を持つ国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)のアジア太平洋地域委員会に、日本人委員を送り込む方針を固めた
>日本がユネスコに慎重な対応を求めたにもかかわらず、中国が申請した「南京大虐殺の文書」が世界記憶遺産に登録された教訓を踏まえた。政府は委員派遣を通じ、審査過程における日本の発言力を高めたい考えだ
>ユネスコの記憶遺産には〈1〉世界〈2〉地域〈3〉国内――の三つのレベルがある。審査は各レベルの委員会で個別に行われる。世界レベルの場合は、14人で構成される国際諮問委員会が審査し、ボコバ事務局長に登録を勧告する。ただ、諮問委員の選考基準は明らかでなく、日本が委員の派遣を申し出ても、受け入れられる保証はない


まあ、その志というか思いは多とするも、正直なところ実効性は疑わしい。中韓に阿る事務局長が任命する委員会であれば、まず採用されるかどうか疑わしい。採用されたとして、一人や二人の発言力がどの程度の影響力を持つか。これまた事務局長が恣意的に判断すれば徒労に終わる。その場合、日本の権威さえ失墜しかねない。

結局、委員を派遣するというのは小手先の対症療法に過ぎない。それよりも日本は資金拠出の停止と歴史や記憶に関する世界遺産の指定を返上することで、抗議の意思と筋目を通す方が有効なのではないか。「怒るべき時には怒る」という姿勢が大事だろう。

無論、単にそれを行うだけでは中韓のプロパガンダに利用され、日本が国際世論に逆行して孤立化しているというイメージを負わされるだけになりかねない。

そのためにも、中韓の主張には何ら根拠も学問的意味もない政治的行動であることを理路整然と国際社会に向けて発信するステップが必要だ。当然そこには現在のユネスコの欺瞞性も問題提起することもセットで求められよう。

そういう戦略性を持ったメリハリある活動こそ日本がこれまで最も等閑にしてきたものだ。多難な道ながら立ち往生するわけにはいかない。
posted by 三四郎 at 17:06| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月30日

底なし

旭化成建材の杭打ちデータ流用問題はまさに「底なし」の様相を呈してきた。30日に行うとしてきた社内調査の進捗状況公表を「作業難航」のため中止するという(読売電子版)

>旭化成建材による杭打ちデータ流用問題で、社内調査の進捗状況を30日に公表するとしていた同社親会社の旭化成は同日夕、「確認・照合作業が難航し、報告内容をまとめることができない」として、公表を中止すると発表した

短信ながら、この問題の深刻さを改めて想起させるニュースだ。

既に周知のとおり、同社の「データ流用」事案は、件の三井不動産レジデンシャル物件のほか、他の横浜市や北海道の公営住宅でも確認されているという。

日本の建築に対する安全・安心の信頼感を根底から揺るがす問題だけに、公表には混乱やパニックを惹起しないよう慎重な調査が求められることは当然ではあるが、同時にまた迅速な確認が、国民の安心といつ襲うか知れぬ地震等大規模災害への備えにも通じることも忘れてはならない。

それだけにこのニュースは、データの流用が過去長期にわたり広範囲に常態的に行われていたのではないか、と国民に疑心暗鬼を起こさせるに十分だ。しかも「延期」でなくて「中止」である。裏では一体何があったのかと不安にならない方がおかしい。

もしかしてヒエラルキーの頂点にある不動産会社を含めた関係各社は既に情報を共有し、責任を擦り付け合う時間稼ぎに付き合わされているのではないか、とさえ疑う。

正直なところ、少なくとも俺の中では建築業界への信頼感は相当崩れている。正しい情報を包み隠さず速やかに公表し、住民に対し誠実な対応を行動に移すことだけが、日本企業の矜持とブランドを守るものだと心してほしい。
posted by 三四郎 at 19:05| 千葉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月29日

国連の杜撰体質

国連といえば最近は「世界歴史・記憶遺産」で関係国が紛糾し、いまや中韓人材に乗っ取られた観を呈しているが、もともとその運営はかなり恣意的で杜撰なもののようだ。

特に対日認識となると「従軍慰安婦」のクマラスワミ報告のごとき出鱈目がまかり通るなど、「声の大きい」者の意見をそのまま取り入れてその調査検証能力のお粗末さ、認識の浅さを露呈している。

そういう国連がまた、対日関係報告で出鱈目をやらかしたらしい(楽天NEWS/J-CASTニュース)

国連の児童ポルノ問題の専門家が「現在、日本の女子学生の30%が援助交際をやっている」と発言した
>本当だとすれば、驚くべき高い割合だが、こうした調査は最近行われていない。根拠のない発言は国際問題だ、という批判も出て、大きな波紋を広げている
国連「子どもの売買、児童買春、児童ポルノ」特別報告者のマオド・ド・ブーア=ブキッキオ氏は2015年10月26日、日本記者クラブで記者会見し、日本の子どもがさまざまな形の「性的搾取」の危険にあう可能性があると指摘。その上で「現在、女子学生の30%が援助交際をやっていると言われている」と述べた
>にわかには信じられない高い割合だが、会見で数字の根拠は問われず、ブーア=ブキッキオ氏からもどんな調査にもとづくのか説明はなかった
J-CASTニュースが日本の国連広報センターに確認したところ、実は「30%」ではなく「13%」の誤りだったと訂正された。通訳の勘違いということらしいが、本当かどうかは微妙だ
>また、会見で話した内容は彼女が日本滞在中に面会した関連団体などの調査にもとづくものだとしたが、具体的にどういう調査か把握していなかった。また、会見の内容はあくまで彼女の見解で、国連の正式なものではないという
>はたして、彼女は何を根拠にしているのだろうか。J-CASTニュースは女子中高生らの援助交際について実態調査を実施したのか、文科省や警察庁に問い合わせたが、いずれも把握していないという。東京都の教育委員会など関連しそうな部署にも問い合わせたが、回答は同様だった。「そんな調査が行われていると聞いたことはない」と語る担当者もいた
>ようやく見つかったのは、1996年東京都生活文化局の調査だ。男子を含む当時の中高生を対象にしたもので援助交際を経験したことがあると回答したのは3.3%だった。また97年のベネッセ教育研究所の調査では女子が対象で4.4%だった。どちらも今から20年以上前のものとはいえ、ブーア=ブキッキオ氏の発言とは大きな開きがある
>発言は波紋を広げている。参院議員の山田太郎氏(日本を元気にする会)は10月27日、自身のツイッターで「漫画、アニメの件も含めて追及していきます。これは国際問題です」と指摘。また、山田議員のサイトでは、「事実誤認であれば、きちんと事実を伝えることの約束を外務省の担当者から取り付けました」と報告している


根拠を説明できない発言を公の場で堂々と行って憚らない国連担当者とは何者だろうか。この人物の出自や意図、政治的背景の有無は不明だ。

従ってそれこそ憶測でしかないが、子供たちが日本で「性的搾取」に会う危険があるという表現が、何やら「従軍慰安婦問題」を連想させる意図を感じてしまう。悪名高き「クマラスワミ報告」を出した国連という目で見れば、そこには反日国の操作が絡んでいると疑わざるを得ない。

もしそんな関係は一切ないとすれば、改めて国連という組織の運営の杜撰さ、無責任さを世界に示したことになる。こんな組織に日本は多大の資金を拠出しているのだから、馬鹿馬鹿しいを通り越して日本のお目出度さに涙が出てくる。

「事実誤認であれば、きちんと事実を伝えることの約束を外務省の担当者から取り付け」るなど当たり前のことで、厳重な抗議とともに公式な謝罪声明を求めて然るべきだろう。

それとともに、調査検証能力の高度化中立化、関係人材の選考方法見直しなど、国連の機能改革を訴えることも必要だ。

もっとも、「戦勝国クラブ」にすぎない国連の改革など無理と割り切って、新たな国際的枠組みを有志と構築する戦略に早々に舵を切るほうが賢明かもしれぬが。
posted by 三四郎 at 08:05| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月25日

ご冗談でしょう、ヴォーゲルさん

エズラ・ヴォーゲルという名前を見て、はてどこかで聞いたようなと思ったら、かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という本を書いた米国の社会学者だった。

この本自体は読んでいないが、漠然と俺の頭の中では「知日派米人学者」というイメージだったのだが、それはどうやら俺が日本人として、好意的な理解者・贔屓者であってほしいと思いこんだだけのようだった。

この人は中国研究にも深く入り込み、自身、中国名を持っていることからむしろ日本に対しては必ずしも好意的ではない、少なくとも政治的には対日批判色が強い人物とみた。

そう考えると、日本をおだてて宥めて誘導しようとする以下に引用した講演の意図が見える(楽天NEWS/SAPIO)

>『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者、社会学者エズラ・ヴォーゲル氏は、2度の日本滞在経験を持ち、1961年からは中国社会についてもリサーチしてきた。去る6月13日、城西大学創立50周年を記念して来日。「東アジア これからの50年」と題する特別講演を日本語でスピーチした。ヴォーゲル氏は東アジアでのプレゼンスを失いつつある日本についてこう語った
>私からいくつか提言したいことがあるのです
>一つは、もう少し自然な英語を使うことです。英語の文法がわかっていれば試験には受かるけど、外国人と自由に会話することには直接結びつかない。私たちアメリカ人は、特に英語が良い言語だと思っているわけではありません。英語より優れた言語はあるでしょう
>しかし英語は多くの場で通じます。現状では世界中で使える言語はやはり英語しかありません。ですから、もっと自然に英語を勉強する必要があるのではないでしょうか
>もう一つは、隣国とうまくやっていくためにはもう少し我慢して、別の方法で進める必要があります。日本の友だちの話を聞けば、日本人の気持ちも多少わかります
>例えば韓国人は戦前の話と慰安婦の話ばかりを大げさに言っている。日本は以前基金(アジア女性基金)を出しましたが、韓国人は当時はもうよいと言ったのに、その後で手のひらを返していると。もっと重要なことは、日本人はすでに何回も、首相の談話などで謝ってきているのだと
>ただしそれでも韓国とうまくやっていくためには我慢する必要があると思います。また日本が悪かったということを、何度でも言い続ける必要があると思います
>慰安婦だけではなくて、1910年以来35年間の日本の植民地時代に、韓国人は圧迫されたという気持ちがあります。それから戦争中は労働者として、韓国人は日本に強制連行されました。労働者たちは苛酷な条件で仕事をさせられたという気持ちがある
>しかし60年代、韓国は日本のお金や技術が必要だったから、反発があっても言いませんでした。今の韓国はサムスンが強くなったし、ヒュンダイも弱くない。そういう状況の中で、ものが言える時期になったという背景もあると思うのです
日本はもっと低姿勢になり、国のトップがかつての河野さんや村山さんと同じように、思いやりと責任感をはっきり表明する必要があると思います
何が正しい、何が正しくないという立場ではなくて、隣の国とうまくやっていくために何が必要か、という立場からそう思うのです
>日本国内には、新しい分野であらゆる開発が必要です。しかし国内のよさを守ることも大切でしょう。犯罪が少ないこと、長生きする人が多いこと、良いところが色々ありますので、それは続けてほしいと思います


もともと関心が低かったとは言え、この人を「知日派」と感じたのは実に俺の不明の至りだった。

前段の英語の重要性とそれを日本人がもっと使いこなすべきという点はまあいいとして、中段以降は全く一方的な「韓国視点」のみで日韓史を捉えている、実に表面的で偏向した考え方であり、日本人として全く同意できない。

「慰安婦問題」や「強制連行」など日本人から見れば合法的な売春婦を雇用契約したり、多くの韓国人が自らの意思で本土に出稼ぎ労働にやってきた実態を無視し、言及さえしていない。

ただただ「韓国とうまくやりたいならひたすら我慢して低姿勢でいなさい」と、まるで聞き分けのいい長男に対して、子供への理解が足りない親が「あなたが我慢してわがままで幼稚な弟と仲良くしなさい」と諭しているような図だ。

およそどんな二国間関係であっても、どちらかが片務的に政治的経済的精神的負債を負わなければならないとすればそれはもはや健全にして対等な外交関係にはない。つまりは従属か敵対かのどちらかである。

ヴォーゲル氏は日本に対してそれを求めている。それも日本の立場や考えを理解しているふりをしながら無視しつつ求めている分、たちが悪い。

ヴォーゲル氏には、多くの日本人がもはやそこまでして韓国と「うまくやりたい」などと望んでいないということを言いたい。そしてそうである以上、悪意的なプロパガンダに対抗するためにも「正しい、正しくない」というのは普遍的に重要な問題だ。

安倍政権発足以来、日韓首脳会談が一度も開かれたこと無く、韓国側の一方的な非難告げ口外交に晒され続けた3年間だった。その間、官民の日韓交流は細くなるばかりだったが、それにより日本が被った実害はほぼ無きに等しい。

一方の韓国側はといえば、対中傾斜を強めながらも経済は停滞し、日韓通貨スワップの復活を始めとする日本の支援を望む姿勢を隠さなくなっている。米国と政治的冷却関係に陥ったことも自由陣営内での孤立化を実感し始め、対日関係改善を内外から求められている。

結局、隣国と「うまくやらなければならない」のは韓国の方であり、そのために諸々「我慢して」「大人の対応」をする必要があるのは、どう見ても韓国側である。

おそらく米国人として米国の立場から「言いやすい」「聞き分けのいい」日本に「我慢してくれ」と言いたいのだろうが、日本人にも感情というものがある。ヴォーゲル氏がどこまで本気でこの講演を行ったのか分からないが、「おととい来やがれ」だ。
posted by 三四郎 at 10:25| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月24日

偽りの不偏不党

NHKの受信料問題については、その番組内容の偏向姿勢が絡みながら予てより議論が絶えないところだ。そんな中で自民党が受信料義務化を検討する提言をまとめ、これを受け総務省は近く有識者検討会初会合を開くという(読売電子版)

>総務省は23日、NHK受信料の問題など、放送を巡る課題を議論する有識者検討会の初会合を11月2日に開くと発表した
自民党の小委員会が9月、NHK受信料の支払い義務化を検討するよう求める提言をまとめており、検討会も義務化の是非を含め、受信料の公平な負担のあり方を議論する。来年6月をめどに結論をまとめる


これから議論を開始するということなので行方を見守りたいところだが、自民党の提言が「自由化の検討」でなく「義務化の検討」というところに何やら「結論ありき」になりそうな危惧を覚える。

世界的にネット社会となり、通信と放送の垣根が低まりつつあるなかで、多様なメディアが多様なコンテンツを提供する時代だ。特に優良な、あるいは人気の高いコンテンツには課金されるしくみが定着化している。

しかしそれは見る側に選択権があることが大前提で、見たくもないコンテンツに金を出して見る暇人はいない。例外は精々がマーケティングや研究のため、要は業務と割り切って視聴するケースだろう。

そう考えるとこの時代に、TV受像機を持っているという理由だけで特定のチャンネルに対し視聴料を義務的に収めさせるなど時代錯誤なしくみとしか言いようがない。あるいは視聴者の権利である選択の自由を奪う暴挙と言っていいのではないか。

今検討すべきはNHK受信料の義務化ではなく自由化であり、そのための技術論や法人としてのNHKの経営のあり方ではないか。

持論だが、NHKのような曖昧な法人格は廃止、組織は解体し純民間会社に改組、また別に国営放送として日本の立場を広報する局を開局し国税を充てるほうがすっきりすると考える。

金を払ってまで偽りの不偏不党に付き合う気はない。それだけだ。
posted by 三四郎 at 13:53| 千葉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

洗脳準備か

選挙権年齢の引き下げが来年にも施行されようとする中、心配していた教育現場の中立性を揺るがす事態が起きだしているようだ(@niftyニュース/共同)

政権批判の「アベ政治を許さない」との文言が印刷されたクリアファイルが高校の職員室で目撃されたとして、北海道教育委員会は17日までに、配布や使用の実態を調べるアンケートを始めた。対象は札幌市立を除く道内の公立小中高、特別支援学校の教職員という
>道教委は「ファイルの配布は公務員の政治的行為を禁じた人事院規則に違反する疑いがある。机の上のファイルが児童生徒や保護者の目に触れれば、誤解を招く恐れもある」としている
>一方、北海道高等学校教職員組合連合会は約1500人の組合員にファイルを配布したと表明


選挙権が18歳以上に与えられることを前提とすれば、まさに高校生が新たな票田になる。政治家の本音としては何としても囲い込みたいはずだ。

とは言え、ただでさえ感受性が発達し、現実世界に疑問を抱く年頃であれば、学校という日常において接する政権批判はそのまま「正義」となり、各人がこれからの人生で抱く思想の原点ともなるだろう。そこに教育の中立性が求められる理由がある。

そう考えれば、道高教組の政権批判ファイル配布は特定思想の影響下に若い精神を晒すものであり、公務員としても教育者としてもその領分を逸脱したあるまじき行為と言えよう。

洗脳準備とも受け取れるこうした行為を、保護者や一般国民は看過してはなるまい。
posted by 三四郎 at 09:05| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

賠償ネタ探し

実にめんどくさい話だが要するに賠償の二重取り狙いか、韓国で広島・長崎の韓国人被爆者が韓国政府を相手取り、日本政府との賠償交渉に取り組んでいない、と賠償を求める訴訟を起こしたという(楽天NEWS/読売)

>広島と長崎で被爆した韓国人371人が16日、日本政府との間で被爆者の賠償問題の解決に取り組んでいないとして、韓国政府に1人当たり1000万ウォン(約100万円)の損害賠償を求める訴訟をソウル南部地裁など2か所に起こした
日韓間の賠償問題は1965年の日韓請求権協定で解決済みだが、韓国憲法裁は2011年8月、韓国政府が被爆者や慰安婦の賠償問題解決に向けた外交努力を怠っており、違憲との判断を示した。原告側は、憲法裁の判断を受けた韓国政府の取り組みは不十分であり、被爆者の人権を侵害していると主張している
韓国では別の被爆者79人も13年に同様の訴訟を起こしている


韓国政府が外交努力を怠るも何も、そもそもこの件については日韓請求権協定で外交的に決着しており、韓国側にさらなる努力をする余地などないのだ。結局のところ国際条約を無視して国民感情に阿る韓国司法の悪癖が問題の淵源だろう。

本来、日本への請求権は諦める一方、一義的に国民保護の責任を持つ韓国政府が見舞金なり補償金なりを支給するべきで、それを求める訴訟ならまだ理解できる。

しかしそうはならないのが韓国の被害者ビジネスだ。

日本政府相手では門前払いされるため「憲法裁の判断」という国内権威を盾にしてあわよくば韓国・日本両政府から、ダメでも韓国政府からだけでも賠償金を勝ち取ろうという算段だ。韓国人らしいといえばらしいが、モノの道理を弁えない(だからこそ司法が出鱈目なわけだが)浅ましさばかりが鼻につく。

一生やってろ。しかし日本に問題を持ち込むなとだけ言いたい。
posted by 三四郎 at 12:45| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 異文化 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

ユネスコの構造的欠陥

これまでさしたる興味もなかったユネスコという組織の所管する「世界遺産」という「制度」だが、なかなかに構造的な欠陥だらけのように見える(読売電子版)

>日本政府は、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に中国が申請していた「南京大虐殺の文書」が登録されたことについて、「国際機関の政治利用だ」として中国批判を強めている
世界記憶遺産の審査過程には不透明さもあり、政府はユネスコに改善を働きかける方針
>ユネスコの登録発表を受けて、政府は10日、「中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾」とする川村泰久外務報道官の談話を発表した。外務省幹部は「中国が日本をおとしめるため、国際機関のお墨付きを得ようとしたのは明白だ。制度にも欠陥がある」と語っている
>世界記憶遺産の審査は、文書保存などの専門家14人でつくる国際諮問委員会が行っている。ただ、委員の選考基準は明確ではない。歴史学者も含まれていないため、諮問委が資料の内容を歴史的事実かどうか見極めるのは困難とみられる


国連はいわゆる戦勝国による「戦後秩序」を維持する組織だ。であれば、「歴史」が政治利用されないわけはない。そのこと一事をとっても、公平中立が形骸化しやすい構造となっている。

しかしそれを置いてもこの制度は不備だらけのようだ。そもそも「歴史の記録」を人類共通の記憶として遺産化するのであれば、その対象が事実に基づくものでなければならないことは基本中の基本だ。

その基本の部分を検証、評価することは一義的に審査機関たるユネスコの仕事だろう。しかしその実態は「文書保存などの専門家14人」が委員となるがその「委員の選考基準は明確ではない。歴史学者も含まれていないため、諮問委が資料の内容を歴史的事実かどうか見極めるのは困難」だというのだから驚き呆れるばかりだ。

文書保管にしか知見を持たない、いわば政治や歴史の素人が何を検証し評価できるのか。八百屋に和牛の目利きをしろという以上に不可能だろう。これでは悪意を持った国家、組織が、文書としての体裁やエイジング状態を捏造、加工すればどんな内容でも通りかねないということになる。これが構造的欠陥でなくて何であろうか。

今回の件については、あの媚中派議員の二階氏さえ「ユネスコ分担金の協力はできなくなる」と発言している(読売電子版)

自民党の二階総務会長は11日、徳島市で講演し、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)が世界記憶遺産に「南京大虐殺の文書」を登録したことについて、「ユネスコが『(南京事件で)日本は悪い』というなら、ユネスコの資金はもう日本は協力しないと言えないとしょうがない」と述べた
ユネスコ予算の約1割(年間約37億円)に当たる日本の分担金を見直すべきだとの考えを示したものだ
南京大虐殺の文書を巡っては、外務省が「完全性や真正性」に疑問を呈し、ユネスコについて「中立・公平であるべき国際機関として問題」と批判した


日本の政治家として当然の意思表明であろう。ただ、外務省が「完全性や真正性」に疑問を呈し云々としているが、このような事態になるまで何をしてきたのかと問いたい。国内で内弁慶的に疑問を呈したところで何にもならない。

「南京大虐殺」は過去数十年に亘って、折に触れ中共が喧伝し、記念館や出版物で息の長いプロパガンダをしてきた。

しかし日本の政府や学識者はこれに対抗するどんな措置を取ってきたのだろうか。英語や中国語で国際社会に向けた反論や問題提起をどれだけしてきたか。経済関係を壊したり「歴史修正主義」の烙印を押されることを懼れて看過してきたのではなかったか。

歴史の捏造は簡単にできるものではない。それ相応に時間とエネルギーが必要だ。ユネスコという国際機関の「お墨付き」を得るまでに中共は強かに粘り強く準備してきた。その結果の今日である。日本政府がこの点猛省すべきはもちろんながら、戦略性、先見性何より日本人としての覚悟と胆力のある政治家を輩出できなかった日本人全体の責任と捉えなければなるまい。
posted by 三四郎 at 08:59| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月11日

学問的論争を仕掛けよ

中国が「南京大虐殺」の資料を世界記憶遺産に登録申請していた件が承認されたらしい(@Niftyニュース/共同)

>国連教育科学文化機関(ユネスコ)は10日、旧日本軍による南京大虐殺に関する資料を世界記憶遺産に登録したと発表した。中国は従軍慰安婦問題の資料も登録申請していたが、見送られた
中国が「旧日本軍の犯罪」の記録と主張する資料がユネスコによって「世界的に重要」と認定されたことになり、習近平指導部は歴史問題をめぐる対日攻勢を一層強めそうだ
>中国は「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」と位置付ける今年の登録を目指して昨年申請。日本政府は「ユネスコの場を政治的に利用している」と批判し、中国に抗議。申請の取り下げを求めたが、中国は拒否していた


これにつき日本政府は相も変わらず「遺憾砲」という空砲を撃つのみ(@Niftyニュース/時事)

>外務省は10日、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が南京事件に関する資料を世界記憶遺産に登録したことについて、「中国の一方的な主張に基づき申請され、文書は完全性や真正性に問題がある。中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾」とする報道官談話を発表した
>談話はさらに「ユネスコの重要な事業が政治利用されることがないようしかるべく制度改革を求めていく」と強調した


登録された資料の内容はよくわからないが、この「大虐殺」自体、疑問・疑念が多く、かつて「証拠」とされた記録写真の多くが偽造とされていることも周知の事実である。

そのような瑕疵の多い案件をなぜ登録させてしまったのか、日本政府の「抗議」と反対行動のプロセスは検証されなければならない。「遺憾」では済まされないのだ。

ユネスコに制度改革を求めるのは結構だが、国連機関である以上限界があることは予想される。他力本願ではだめで、同時に日本としてはこの「事件」がいかに欺瞞と悪意に満ちた産物であるかを、学問的科学的に論争を仕掛けるべきではないか。

既に政治的には負けているといってもいいだろう。しかし日本として沈黙を続けることは潔さではなく、「戦わずして負ける」ことでありプロパガンダに屈することである。日本に対する悪しき前例の積み上げとなる。これを阻止することは、凡そ日本の為政者、学識者の義務である。これは「従軍慰安婦」にも通じるものであり、長期戦かつ総力戦と認識すべきだろう。
posted by 三四郎 at 00:00| 千葉 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月10日

最低限の仕事

「世界の警察官」の役目を自ら降りて専ら「口先番長」になりつつあるオバマ米国だが、さすがにここ最近の中国の横暴振りに危機感を募らせたか、南シナ海スプラトリー諸島で中国が岩礁を埋め立てた周辺海域に米艦船を通過させる構えを見せているという(楽天NEWS/読売)

>英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は8日、米政府が今後2週間以内に、中国が岩礁を埋め立てて軍事拠点化を進めている南シナ海・スプラトリー(南沙)諸島の人工島の12カイリ(約22キロ)内で、米海軍の艦船を航行させる構えだと報じた
>米政府高官の話として伝えた
国際法では海岸線から12カイリを領海と定めており、同紙は「中国の領有権主張を認めない姿勢を示す」狙いだと指摘している。米国は2012年以降、南シナ海で中国が実効支配する岩礁の12カイリ内では活動していなかった
>米海軍情報に詳しい専門紙ネイビー・タイムズ(電子版)も8日、演習が「数日以内に行われる可能性がある」と伝え、「海軍はオバマ政権の最終的な承認を待っている」と報じた


中国は当該海域周辺国はもとより国際社会の反対、懸念を押し切る形で岩礁の埋め立てを強行してきた。その姿勢は周辺国にとり本質的に戦争行為であり、第三国にとっては航行の自由を脅かす威圧行為である。到底話し合いで解決できるものではなく、行動には行動を伴って批判しなければ相手には通じない。その間に相手は既成事実を積み上げて既得権化してしまう。

その意味で、これが実行されれば米国は国際秩序を維持するために、自由社会のリーダーとして最低限の仕事をすることになる。

中国という国は、大言壮語で周辺国を恫喝しつつ、国際社会の反応を伺いながらそろりとしかし着実に既成事実を積み上げていく習性がある。特に利害相反国が弱小国であったり、口先だけで何ら実行をしえないと侮ればこれを無視し中華意識を露骨に出して覇道を行く。この国に抑制を求めるためには相応の覚悟を伴った行動こそ重要である。

ただ注意すべきは、謀略と挑発に長けた国柄であることを忘れず、彼我の行動は逐一記録し公開することで、国際社会の批判を逆に浴びないような配慮は必要だろう。
posted by 三四郎 at 08:01| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする