2015年10月04日

ダメ政治家の見本

一瞬何のことか分からなかった。古いニュースのヘッドラインかなと思ったがそうでもないようだった。民主党・岡田代表が安倍首相の「戦後70年談話」について国会で真意を説明せよといったとかいうことらしい(NHK NEWSWEB)

民主党の岡田代表は、安倍総理大臣がことし8月に発表した戦後70年にあたっての談話について、安倍総理大臣自身の過去の戦争についての考え方が明確には盛り込まれておらず、抽象的だとして、安倍総理大臣は談話の真意について国会で説明すべきだという考えを示しました
>民主党の岡田代表は2日の記者会見で、安倍総理大臣がことし8月に発表した戦後70年にあたっての総理大臣談話について、岡田氏みずからの見解を発表し、「70年以上前の戦争に関して、しっかりとした安倍総理大臣自身の考え方が示されなければならないが、今回の70年談話は、いろいろな過去の談話を引いてはいるが、残念ながら、安倍総理大臣自身がどうお考えなのかということが注意深く避けられていると思う」と述べ、安倍総理大臣自身の過去の戦争についての考え方が明確には盛り込まれておらず、抽象的な内容だと指摘しました
>そのうえで、岡田氏は「根本にある『村山談話』は、引き続き重要な談話として政府が継承していくものだと思うが、もし、安倍総理大臣が、みずからの抽象的な70年談話で過去の談話を置き換えたというならば非常に問題だ。談話を出して終わりということではなく、どこかで議論すべきだ」と述べ、安倍総理大臣は、談話の真意について国会で説明すべきだという考えを示しました


このニュースの率直な感想は「今頃何言ってんの?」というところだ。

時は今、夏終わり秋も深まる神無月。すったもんだの「安全保障法案」さえ可決成立したこのときに至るまで、この御仁は何を考えていたのだろうか。「自らの見解」とやらを発表するのに2か月もかけているのは、多忙なのか無能なのか。

どこの政治家が、自らの発言について失言や失策もないのに追加説明をする必要があるのか。首相談話ともなれば信条を明瞭に示せばいいというものではない。「何を言っても批判される」ような環境にあって直截的な表現を避けながら、日本の主張を示すという高度な政治性が求められる。

反日国であれ親日国であれ、政治とはそういうものだという認識があるから、「分かりにくい。本音をきちんと説明しろ」などと幼稚なことは言ってこない。それぞれの立場と考え方で解釈し、歓迎しあるいは批判する。

岡田氏はよく「頑固で融通が利かない、生真面目人間」と評されることがあるらしいが、上の発言を本気でしているとすれば政治家に、ましてや野党第一党のリーダーには向かない。今すぐお辞めになった方がいいと思うが。
posted by 三四郎 at 15:56| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月03日

悪いお客

営業の仕事に関係していると、お客にも「いいお客」と「悪いお客」がいることを実感することが多々ある。
「悪いお客」とは俺の考えであえて一言でいえば「金ばかり気にする客」である。

自国の高速鉄道計画で日中を天秤にかけ、結局中国に走ったインドネシアは日本にとって典型的な「悪いお客」のようだ(読売電子版)

>日本が受注競争で敗れたインドネシアの高速鉄道計画で、中国案採用を主導したインドネシアのリニ国営企業相が1日夜、ジャカルタで読売新聞などと記者会見し、「技術は全く関係なく資金調達に関する条件で(発注先を)決めた」と述べ、日本が売り込んでいた新幹線の安全性や技術力は重視しなかったことを明らかにした
>リニ氏は「政府支出がなく政府が債務保証を行わないことが重要で、自動的に中国になった」と説明した
>インドネシア政府は9月4日、日中双方の案を採用せず計画を白紙に戻すと日本側に伝えたが、29日に突然、中国案採用を表明した。リニ氏は「政府ではなく企業が進める案に変更したので『政府は事業をやらない』と言った。完全にやめたわけではなかった」と釈明した。4日には別の閣僚が日本側に「改めて事業者を募る」との説明をしていたが、「私は(その説明の)理由を知らない」と述べた


インドネシアの高官の弁を読んでいると、技術は二の次どころか「安けりゃ何でもいい」と言っているわけで、一国の大臣という国民の安全安心を第一に考えるべき立場の人間とも思えない。

加えて「政府ではなく企業が進める案に変更したので『政府は事業をやらない』と言った。完全にやめたわけではなかった」とは実に姑息な言い訳にしか聞こえず、まともな取引相手が口にする言葉ではない。

中国が価格破壊的な安値攻勢で受注できたのは、元々のダンピング体質もさることながら、提案に至る基礎調査やコンサル業務を全く行わず、日本が営々と積み上げたフィージビリティスタディの成果を丸取りしたことも大きいという。技術開発や研究は他国から買い(盗み)、安値攻勢で一気に売り込むあの国ならではのビジネスモデルをインフラ事業に展開しているわけだ。

日本はインフラ輸出を国策としているが、今後中国は随所で今回のような攻勢を仕掛けて日本の顧客を奪いに来るはずだ。中国景気の低迷でだぶついた資材、人材を消化するにはそれしかない。日本はこの点をしっかり認識し、「悪い顧客」にはペナルティを科す厳しい態度も必要だろう。そうでなければまともなグローバルビジネスなど成り立たず、市場が消滅してしまう。

それにしてもインドネシア政府には日本国民として恨み言の一つも言いたい。もともと手の出ない高速鉄道なら、それを保持すること自体分不相応だったのではないのか。まずは国状に合った日常的なインフラ整備を先行させていくべきだった。

分不相応なプレゼントをもらえばその時はうれしいが、後々いろいろとツケを払わされることになるだろう。
posted by 三四郎 at 13:20| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月02日

無策のツケ

プロパガンダに使えるなら何でも使い、黒のものさえ白と言いくるめる中国が、今度は「従軍慰安婦」「南京大虐殺」の「文書」やら「資料」やらを世界記憶遺産に登録しようと画策しているらしい(楽天NEWS/読売)

>国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に、中国が申請した「南京大虐殺の文書」と「慰安婦に関する資料」が登録される可能性が出ている
いずれの資料も中身が不透明で、日本政府は中国やユネスコ事務局に懸念を伝えている
>新華社通信によると、「南京大虐殺の文書」は、1947年に南京軍事法廷(当時の国民党政府が設置)が旧日本軍関係者を戦犯として裁いた判決書などを含む。判決書は、南京事件の犠牲者数を「30万人以上」と記述している。当時の南京の人口動態などから、この数字は実態とかけ離れているとの見方が日本では支配的だが、文書が記憶遺産になれば、中国側の主張を「世界が認めた」(中国側研究者)形になりかねない


信憑性の低い「資料」を強引に世界遺産にしようとする行為は、日本に対する国際的プロパガンダというレベルではない。れっきとした敵対行為であり銃を使わない戦争である。

そういう意識が日本政府は希薄だ。だから「懸念」などと呑気極まりないことしか言えない。本来、中国政府に正面から抗議するとともに、ありうべき資料を動員してこれに反論し、根拠のない資料を登録するならユネスコと絶縁すると宣言する態度が必要ではないか。

懸念とか遺憾とか言って長年にわたりこうした問題を放置してきた日本政府の無策が、いままた後世に大きなツケを残そうとしている。
posted by 三四郎 at 20:49| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする