2016年01月03日

自己満足

去年の暮は「従軍慰安婦問題」についての日韓合意でひと騒ぎあった。ことの成り行きは引き続き見守るとして、これに関しいわゆる日本のリベラル派に属する学者が、「日本は自国の戦争責任を認め謝罪した稀有な国」という主旨の記事を雑誌に寄稿しているようだ(NEWSポストセブン)

前段略
>実は世界史を広く眺めても、自国の戦争責任を認め、他国に謝罪し、賠償した例はほとんどない。そうしたなか、国として誠意を見せた数少ない例が日本なのである
>1995年、自社さ連立政権の村山内閣時代にアジア女性基金(正式名称「財団法人女性のためのアジア平和国民基金」)が設置され、1996年から2007年まで、民間からの募金により各国の元慰安婦に対して1人当たり原則として200万円の「償い金」が支払われた
>重要なのは、その際、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎という、タカ派を含む自民党の歴代総理大臣による手紙がつけられたことである。その手紙は「いわゆる従軍慰安婦問題」は「当時の軍の関与」の下に起こったと認め、「日本国の内閣総理大臣として」「心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と述べている。それに加え、国の予算で5億円余りの医療福祉事業も行われた
>1965年の日韓基本条約によって日本に対する韓国の請求権は完全かつ最終的に解決済み、というのが日本の立場である。だから、「アジア女性基金」は日本の法的責任を認めるものではなく、道義的責任を果たすものだ。その意味で百点ではないかもしれないが、自国の戦争責任にここまで踏み込んで他国民に賠償し、謝罪した例はないはずだ。本来、その誠実さは世界から評価されていいし、日本自身が誇るべきなのだ
>ところが、元慰安婦を支援する韓国と日本の一部の団体日本のそれはリベラル派であるは日本政府の法的責任と国家賠償に固執し、「アジア女性基金」を「政府の法的責任を隠蔽するための欺罔(あざむくこと)的手段」などと猛批判した。韓国では、「償い金」の受け取りを希望する元慰安婦に対し、脅しにも等しいバッシングが行われたほどだ
>ちなみに、保守派の一部は「アジア女性基金」を「土下座外交」だと批判した。そのように保守とリベラル、右と左が、ともに日本を道徳的な高みから引きずり下ろそうとしたのである
リベラル派の言説を一般の国民が「過度の自己否定」と捉えたのは当然で、それへの反発から「過度の自己肯定」や「リベラル嫌い」の空気が生まれた。リベラル派はそれを批判し、困惑するが、責任はリベラル派自身にあるのだ


リベラル派による自己批判的な色合いがにじむ記事で、最後の一説には同感できる。

しかし主要な文意としては、「日本が戦争責任を認めて謝罪した世界的にも稀有な国であり、世界に評価されていい誠実な国家である。その『道徳的高み』から引きずり下ろすことは右も左もすべきでない」というものだろうが、これには賛成しかねる。

「世界的に稀有な国」であるかどうかはどうでもいいことである。「だからもっと評価されていいし、その道徳的な姿勢を傷つけるような言動はすべきでない」と言われるが、これは相手の善意や好意に期待するいかにも日本人的な甘えである。あるいはただの自己満足だ。

世界は果たして日本のことを「道徳的」と思っているだろうか。過去に振り回され未来に逡巡する軟な国と思われているのではないか。

少なくともこの腹黒い世界では、自ら頭を垂れて相手の善意や好意に期待する国はない。みな白を黒と言いくるめ、自分の田んぼに水を引くようなことばかり考えている。いや政治とはそれが普通だろう。善悪や好悪の問題ではない。

そんな中で「自分はこれだけ誠意を見せているから、きっと分かってくれるはず」とばかりに孤高の峰に留まっているような国は余程の愚鈍者か、突き放して見ればピエロでしかない。

概ね性善説に立ちたがる日本人の特性は良しとしつつも、所詮は理想主義的な学者の言でしかないと感じた。
posted by 三四郎 at 14:21| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする