2016年02月20日

体内の石ころ

昔は水と油ほどに違うと譬えられながら、「選挙協力」の名のもとに自民党と野合に等しい連立を組んで久しい公明党だが、自民党の議員からの本質を突いた発言を受けて勝手に不快がっているようだ(@niftyニュース/TBS)

公明党の井上幹事長は、自民党の鴻池元防災担当大臣が公明党について「国家観や歴史観が全く違う政党」と指摘したことについて、強い不快感を示しました
>鴻池氏は18日、公明党との選挙協力をめぐり、個人的意見と断ったうえで「国家観や歴史観が自民党と全く違う政党だ」と指摘しました。これに対して公明党の井上幹事長は19日、強い不快感を示しました
>「国家観、基本的に日本は自由で民主主義という価値観を共有している政党だと思っているし、大変遺憾に思っている」(公明党 井上義久幹事長)
>また、井上氏は、「連立政権で政権を共有している。その中で選挙協力も当然考えていくべき」と釘を刺しました


俺らの世代からすれば鴻池氏の指摘はどこも間違っていないと感じる。特に親中・新韓であること、護憲主義であること、戦争の「加害と被害」の考え方、「福祉」重視の「大きな政府」志向などを見るに、内政・外交に端的に表れる国家観・歴史観は公明党はむしろ民主党に近い。

しかも鴻池氏は「個人的意見」と予め断っている。にもかかわらず即時「不快感」を示すあたり、安倍自民党政権への寄生を失いたくないという意思が見え見えで、一抹の哀れささえ感じる。

公明党は自民党にとって、長い時間をかけて体内に蓄積した不純物が凝固してできた石ころのようなものだ。手遅れにならぬうちに外科手術で取り除いたほうがよかろう。公明党を失えば学会票は無くなるだろうが、逆にこれまで支持を見送ってきた「反公明党」の保守・中道層が回帰するはずだ。

自民党ならではの政策を訴求し、同系統の野党を育てこれと連立する戦略をそろそろ推進すべきではないか。
posted by 三四郎 at 13:55| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする