2016年05月21日

逃げを打つ

舛添東京都知事は自らの公金流用・公私混同問題については説明責任を放棄した模様だ(読売電子版)

>13日の定例記者会見で、政治資金の一部を私的流用したことを認めた東京都の舛添知事
>その後も、複数の新たな流用疑惑が浮上したが、2時間以上に及んだ20日の会見では、「専門家の調査結果を待ちたい」と繰り返し、具体的な説明はなかった
 ――知事の職責を果たす気持ちに変わりないか
 「仕事をしっかりやり、都民の信頼を回復したい
 ――家族と宿泊した千葉県木更津市のホテルでは、本当に会議を開いたのか
 「その疑問も弁護士にお願いする
 ――知事自身の言葉では語られないのか
 「今はしっかりとした調査に協力したい
 ――説明を引き延ばしているように感じるが
 「それはありません
 ――政治資金で購入した美術品を使って、どんな成果があったのか
 「第三者の目で見ていただくことが前提
 ――調査結果はいつまとまるのか。
 「できるだけ早く。6月1日から始まる都議会に迷惑をかけないようにしたい
 ――今までの政治家人生で金の使い方に公私混同はあったか
 「しっかり改めて、二度とこういう指摘がないよう生まれ変わったつもりで頑張りたい


俺もこれまで一連の疑惑や問題に対する舛添氏の言動を見てきたが、まず当然のごとく「怒り」があり、次に「呆れ」「情けなさ」と続き、今は愚かな人間を目の前にしたときに感じるであろう「哀れさ」をもよおし始めた。

この会見など「トップリーダー」としての説明責任に応えようとせず、「第三者の目に判断を委ねる」という体のいい言葉を使っているが、所詮は逃げを打ってきただけのことだ。

俺から見れば「第三者」を持ち出すことで時間を稼ぐとともに、「グレー」程度に落ち着けばこれを免罪符として盾にし、適当に「誤解を与えたことへの反省の弁」でも言っておけばそのうち世間は忘れるだろうと高を括っているように見える。

久々に「卑怯」「卑劣」という言葉を投げつけたくなる人間を見た思いだ。
posted by 三四郎 at 13:56| 千葉 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする