2016年09月25日

反プロパガンダへ

稲田防衛相が日中戦争の南京後略戦における「百人斬り」を否定したことに対し反応している(時事電子版)

>中国国防省新聞局は5日、日中戦争の南京攻略戦で行われたと報じられた日本兵による中国兵の「百人斬り」競争を稲田朋美防衛相が否定したことについて「強烈に憤慨させられる」と批判する論評を発表した
>稲田防衛相は4日のインタビューで「百人斬り」に関し、「なかったと思っている」と語った。論評はこの発言に対する見解を問う記者の質問に答える形で、「日本軍は理性のかけらもない『殺人競争』を行った」と主張。「歴史を否定すれば、中日関係に未来はない」と強調した


この「事件」は当事者の2人の将校の遺族らによる訴訟までなされたが敗訴している。しかしそもそもこれは戦時下における戦意高揚を目的とした当局のプロパガンダと見做されるケースである。当事者が否定していないということが肯定論者の論拠の一つというが、軍人である彼らが軍の方針に逆らってまで「事実」を語るとも思えない。「武勲」として脚色されるのであれば否定する理由もなかっただろう。

戦時は日本軍が喧伝したプロパガンダを、戦後は中国がそのまま日本悪玉論のためのプロパガンダに利用しているというのが俺には実相に思える。

米国の存在もあり、あの戦争の「真実」をいま公人が語るのは難しい部分もあるだろうが、客観的な事実を淡々と掘り下げることは必要で、それが反プロパガンダの動きとなる。これを止めてはならないと思う。
posted by 三四郎 at 17:00| 千葉 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月24日

秋刀魚の先取り

ぐずついた天気が続くが気が付けば9月も下旬、秋本番だ。俺にとり秋の味覚といえば筆頭は秋刀魚だ。焼きたての秋刀魚に大根おろしをこれでもかというほど載せてポン酢でいただく。これに辛口の日本酒があればいうことはない。

しかし最近、秋刀魚が妙に高い。単に気候や海流の影響で不漁なのかと思っていたがどうもそればかりではないようだ(読売電子版)

>秋の味覚、サンマが深刻な不漁に陥っている
昨年の水揚げ量は約40年間で最低水準だったが、今年はさらに減少する見通しだという。海流の影響とともに原因とみられているのが、サンマの回遊ルートにあたる公海上での台湾や中国の漁船による「先取り」。このままでは値段が高止まりし、庶民の味のサンマに手が届きにくくなる心配もあるため、水産庁は中台などと漁船数抑制で合意するなど対策に乗り出している
>東京都文京区の住宅街にある鮮魚店「魚鉄」。冷蔵ケースの中央には氷水につけられた生サンマが並ぶ。23日の店頭での値段は、北海道産が1匹300円(税抜き)、塩焼きは1匹350円で、例年より型が小さく、高めだという(以下略)


何てことだ。俺の楽しみまで中国の連中が邪魔するのか。台湾は友好国だが、秋刀魚となれば話は別だ。

彼らが秋刀魚をどう食するのか、それほどの需要がある魚なのかは知らないが、もし高値のものを日本向けに輸出なんてことがあるとしたら目も当てられない。公海とはいえ厳格なルールを設けこれを守らせねばならない。

まあ中国漁民など拝金主義の塊なのは珊瑚の一件だけでも周知のことだ。「ルールもご意見も無用」とばかり無法操業するやもしれぬ。水産庁の対策は無論必要だが、国柄や民度にも関係するだけに実効性が危ぶまれる。何かいい知恵はないものか。

秋刀魚なき酒は泪か溜息か・・。
posted by 三四郎 at 19:22| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

欧州初「慰安婦像」設置中止へ

韓国の反日行動の一環である「慰安婦像」設置行動は、韓国内にとどまらず欧米など本来無関係の国を含め世界各地で展開されている。既に北米では韓国系住民の圧力に負けた自治体が設置を認めているケースが複数あることは衆知のとおりだ。

このほどドイツのフライブルク市で欧州初の「慰安婦像」設置ケースとなるはずだった事案が日本側の抗議により中止を決定したらしい(@niftyニュース/TBS)。

ヨーロッパで初めて慰安婦像設置の計画を進めていたドイツ南西部のフライブルク市が、日本側からの抗議を受け中止を決定しました
>慰安婦像の設置をめぐっては今年5月、フライブルク市の姉妹都市である韓国・スウォン市が提案し、合意していたものです。しかし、日本などから抗議が殺到、さらに、日本側の姉妹都市である愛媛県松山市も「像が設置されれば交流に影響が出るおそれがある」と懸念を伝えていました
これを受け、フライブルク市は設置中止を決定し、スウォン市の市長にも直接伝えたということです。JNNの取材に対し、フライブルク市は「日韓の2国間の問題に干渉すべきでないと判断した。我々は双方とうまくやっていきたい」と話しています
慰安婦像は韓国以外ではアメリカやオーストラリアなどにありますが、フライブルク市に設置されればヨーロッパで初めてとなる予定でした


今回の件で重要なところはフライブルク市側が「日韓の2国間の問題に干渉すべきでないと判断」した点である。

韓国側は「慰安婦像」について、「女性の人権に関わる普遍的な問題」と主張してきた。

しかし朝鮮戦争における韓国軍設置の米軍向け慰安婦「洋公主」やベトナム戦争における韓国軍兵士による「ライダイハン」には全く触れず、旧日本軍向け職業売春婦のみを取り上げて歪曲して喧伝している現実をみれば、それが欺瞞に満ちたプロパガンダであることが容易にわかる。

既に「慰安婦像」の乱立を許した豪米自治体は、韓国系住民の「票」欲しさに迎合した結果と見る向きもある。目先の利益のために本質から目を逸らし、普遍性なき二国間の問題に安易に介入し一方のプロパガンダに肩入れした関係者の責任は重い。

今回のフライブルク市の判断は道理にかなった極めてまっとうなものである。しかしその背景には良識の日本国民が厳しく粘り強く批判し続けた結果であることを忘れてはならない。こうした問題に国として、日本政府としての組織的かつ予防的な取り組みが今一つ見えないのは残念極まる。

韓国には「教えない・助けない・関わらない」ことが第一とは言いつつも、世界各所で執拗に展開する反日キャンペーンを野放しにしていいわけはない。これは韓国が民間を使って仕掛けた情報戦・宣伝戦であることを日本人はしっかり認識すべきだと思う。
posted by 三四郎 at 09:37| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

裸の王様

ドイツ・ベルリンの市議会選挙で「反難民」を掲げる新興右派政党が大きく票を伸ばし、難民に寛容な現政権与党は後退しているという(時事電子版)

>ドイツのベルリン市(州と同格)で18日、議会選挙が行われ、地元メディアによると、難民受け入れに反対する新興右派政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が約14%を得票し、議席を獲得した。AfDは各州議会選で躍進を続けており、昨年以降ドイツに殺到した難民に対する国民の不満の大きさが改めて示された
>連邦レベルでメルケル政権に参加している社会民主党が第1党の座を守ったものの、得票率は約22%で、2011年の前回(28.3%)を大きく下回った。メルケル首相のキリスト教民主同盟も第2党を維持したが、得票率は前回の23.3%から約18%に低下。首相の難民受け入れ政策への市民の反発が影響したとみられる
>経済状況は良くないものの、ベルリンは自由や多様性を重んじる土地柄で知られ、移民に比較的寛容とみられてきた。AfDの首都での議席獲得は、「反難民」を掲げる大衆迎合的主張のドイツへの浸透を象徴する出来事と言える


日常生活が現に脅かされ、国内外でテロが頻発している中、政府が有効な対策を打ち出せない以上これを拒否するのは市民として当然であり、有権者の民意に他なるまい。

この記事に限らずマスゴミは「反難民」の主張を「極右」と位置づけ否定的なイメージを流布している。それを支えているのは安っぽい人道主義か自己満足の正義感、もしくは無責任な傍観者の視座でしかない。民主主義の基づく選挙結果を、自らの思想信条に沿えば「民意」となし、沿わなければ「大衆迎合」「ポピュリズム」とレッテル貼をする。

「反体制」「反保守」であることがジャーナリズムの神髄と妄信しているうちに、「体制」の対極にある「大衆」から遊離しているのに気づかない。傲慢かつ哀れな姿ではある。ネット時代の今日、「第四の権力」は今や「裸の王様」にしか見えない。
posted by 三四郎 at 08:37| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

共謀罪の議論を進めよ

政府は予てより上程を計画していた「組織犯罪処罰法改正案」いわゆる「共謀罪」の縮小案を臨時国会提出を見送り、通常国会提出に向けて調整するらしい(読売電子版)。

>政府は16日の衆院議院運営委員会理事会で、創設を目指していた「共謀罪」の適用範囲を縮小する組織犯罪処罰法改正案について、26日召集の臨時国会への提出を見送ることを与野党に伝えた
世論の理解を重視する公明党が慎重な対応を求めたためだ。政府・与党は来年の通常国会への提出に向け、調整を続ける
「共謀罪」は、重大犯罪を計画した団体を処罰対象とするもので、政府は創設を盛り込んだ改正案を2003年、04年、05年の3回にわたって国会に提出した。だが、いずれも野党の反発にあって廃案になった


適用範囲を絞り込む縮小案さえ上程できないとはいささか歯がゆいが、世間が「共謀罪」について認識が浅いことも事実だろう。というより、テロそのものを日本人は他人事のように捉えているところがある。それで上程しても反安倍のネタ探しに躍起となっている野党、マスゴミにつけこまれて足を掬われかねないという判断か。

とは言え、海外のテロで日本人が巻き込まれることが珍しくなくなり、国内でもサミットや五輪など重要な国際イベント開催が常態化しつつある今日、テロを未然に防ぐための法整備は喫緊の課題だ。公明党が「世論の理解」を気にするというなら、まず政府・政権として国民に問題提起し議論を進めることを目に見える形で進めてほしい。

ちなみに、ブラジルでは成立したばかりの「反テロ法」で五輪テロを計画したグループのメンバーを訴追したという(@niftyニュース/読売)

>ブラジル連邦検察は16日、リオデジャネイロ五輪期間中のテロを企てた疑いで摘発したブラジル人グループ15人のうち8人を、反テロ法などに基づき訴追したと発表した
3月に成立した反テロ法を適用して検察が訴追したのは初めて
>8人は、インターネット上などでテロ組織への勧誘や組織の宣伝を行った疑いなどが持たれている。当局は残る7人についても関与を調べている。警察は米当局からの情報を基に、武器購入やテロ計画についてやり取りした電子メールなどを傍受したという
>ブラジルの司法制度では、最終的に起訴するかどうかは裁判所で判断される


法の濫用についてはしっかりと歯止めがかけられるしくみをつくればいいことだ。「国民の生命、財産の安心・安全確保」はいつの時代も変わらぬ政治の目的だが、その脅威は時代とともに変わる。時代に合った法整備を急いでほしいものだ。
posted by 三四郎 at 09:48| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

隠蔽体質か職務怠慢か

東京豊洲市場の移転問題は莫大な費用増額のプロセスが不透明とされ小池知事が先ごろ延期を決定したばかりだが、ここにきて予想もしていなかった別種の深刻な問題が浮上している。都が公表した土壌汚染対策がそのとおりに為されていなかったというものだ(時事電子版)。

東京都の築地市場(中央区)の移転先とされながら、土壌汚染が懸念されてきた豊洲新市場(江東区)で、新たな問題が表面化した。食品を取り扱う建物の床下で汚染対策の盛り土が実施されておらず、都がこれまで議会やホームページなどで「敷地全体で実施」としてきた説明と大きく食い違う状況となっている小池百合子都知事は10日の記者会見で「間違った情報を与えることは、都政の信頼回復に逆行する。全都庁の職員を粛正したい」と強い口調で述べた
>なぜ、食い違いが生まれたのか。都の市場担当幹部によると、盛り土などの汚染対策は、2008年に専門家会議が実施を提言。しかし、この際は建物の地下に配管などを入れる空間を設置することは検討されなかった。その後、建物設計時に地下空間を設けることが決まり、その部分には盛り土は行わないことになったが、対外的な説明は以前と同じまま放置された
>こうした状況は、外部からの指摘を受け今月初めに判明した。幹部は「分かっていたら説明を変更していた」と弁明。地下部分はコンクリートの壁や床で囲まれているため安全性には影響ないとしつつ「専門家会議に説明していなかったのは問題だった」と話した
>小池知事は、外部識者による調査を行う方針だが、「あくまでも当局が責任を持ってこの問題をクリア(解決)しないと、また同じようなことが起こる」と職員にくぎを刺した


土壌汚染対策はこの移転計画において、技術的にも政策的にも最も重要なポイントの一つではないか。提言時の計画が変わり、パイプスペースを確保することで予定していたとおりの対策が取れなくなったのであれば、技術的な代案を策定しなければならず、その意味でも公表は必須のはずだ。

関係幹部の「分かっていたら説明を変更していた」とは非常に無責任な発言である。計画の最重要課題の一つである土壌汚染対策への影響をまともに把握、理解していなかったというに等しい。気づかなかったことが露見すれば当然厳しい責任問題になるだろう。それを見越しての隠蔽か、はたまたそれを含めての職務怠慢か。

小池知事にしてみれば就任早々のいきなりの重い課題にあったが、ある意味では移転延期に正当性が付与されるとともに、都庁改革や利権構造へのメスを入れるまたとない追い風になるやもしれぬ。

小池知事の今後の采配を見守りたい。
posted by 三四郎 at 17:00| 千葉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月10日

無理筋の擁護論

民主党代表選絡みで最有力候補の蓮舫議員に二重国籍疑惑がもたれている。在来マスコミでは不思議なほどに話題になっていないが、ネット世論は批判が強く、蓮舫あるいは民進党シンパまたはサヨク界隈がおかしな擁護論を持ち出し、それが火に油を注いでいるらしい(J-CASTニュース)。

民進党の蓮舫代表代行(48)の日本籍と台湾籍の「二重国籍」疑惑騒動で、ここにきて識者などから蓮舫擁護の発言が相次ぐようになっている
>しかし、ネット上ではこうした意見に対する激しい反発も起きていて、「火に油」の様相になっている
>「政治家としての失態として数え上げることはできない
脳科学者の茂木健一郎さんは2016年9月9日、ツイッターで、「ヤフー!ニュース」に掲載された蓮舫議員のインタビューにリンクを張り、
>「日本で生まれ育って、日本語が母語で、たまたまお父様が台湾生まれというだけ。この件はこのclarificationで終わりでしょう。蓮舫さん、がんばってください!」
とツイートした。インタビューでは、雑誌「CREA」で「台湾籍です」と語っていたことや、「生まれたときから日本人でした」と言いながら日本国籍を取得した時期を18歳、17歳と説明がぶれたことなどについて説明し、仮に台湾籍が残っていたとしても国ではないから国籍にはならないし、中国法に照らし合わせても他国の籍を取った場合に自動的に中国籍は喪失するため、どちらにしても二重国籍にはならないと発言している
フリーアナウンサーの長谷川豊さんは「教えて!goo」のブログで16年9月7日、
多分蓮舫さん、そんなに悪くないんじゃないかなぁ......。」
と擁護した。「違法状態なのではないのか」と責められているけれども、国籍法自体がザル法で欠陥法案。アメリカで生活すると分かるが二重国籍、三重国籍の日本人はいくらでもいるし罰則もない。台湾籍を無くす手続きは父親がやったということだから、蓮舫さんの過失とは言い切れないケースだ、と主張した
コラムニストの小田嶋隆さんも「日経ビジネス」ウエブ版 (16年9月9日)で、
「蓮舫議員は別に好きじゃないが」
というコラムを書き、何十年も昔のさして重要でもない、よく覚えてもいない事柄についての答弁が要領を得ないものであったとしても、
「そのことをただちに政治家としての資質を疑わせる失態として数え上げることはできない」
とした。そして、結局馬脚を現した格好になったのは、国籍や血統といったセンシティブな問題をネタにして、一人の政治家を火あぶりにかけようとした人々の方であり、排外主義的な国家観や民族意識を牢固として抱いていることを全世界に知らしめた、と批判
した
>ただし、こうした著名人の擁護は、逆に「火に油」を注ぐ形になってしまってもいる
>「日本の国益を考えて行動できるかどうか不安
>擁護派の意見が相次いでいることに対して、インターネットの掲示板には、
>「二重国籍はきっかけに過ぎず、本質的なことは蓮舫氏が代表になり、与党になったとき日本の国益を考えて行動できるかどうか不安を感じてるのでは・・・」
台湾じゃなくて北朝鮮籍って考えたら問題の重大さが分かるだろ
そもそも二重国籍は日本では認められてないの しかも国会議員てw 許されないから。もしほんとに二重国籍ならば小説に出て来るスパイそのものじゃんw」
などといった大量の批判が書き込まれることになった。
>また、朝日新聞は16年9月8日付けで「そもそも蓮舫氏に、問題はあるのか」という記事を掲載した。ここでは中国法に基づけば、蓮舫議員が日本国籍を取得した1985年の時点で中国籍を喪失したという解釈が成り立つ余地があるし、台湾籍が残っていた場合でも、日本政府は国籍が一つであることが望ましいという「国籍唯一の原則」という努力義務にとどめている、とし、蓮舫議員に近い人物のものとして、
日本で育ち、日本語をしゃべり、日本人として生きてきた。人を差別するような見方をしないでほしい
というコメントを掲載した。
>これに対しては、先の掲示板などには
政治家が努力義務で逃げれるわけねーだろ
などといった書き込みが出ている


蓮舫擁護派の「識者」たるやコテコテのサヨクか似非リベラルのメディア太鼓持ちばかりなのが分かりやすい。

「昔のこと」とか「台湾は国ではないからいい」とか言い訳にもならない言い訳を並べ、挙句に「国籍法自体がザル法」などと法整備の欠陥を槍玉にあげて論点をすり替えたり、果ては「排外主義的な国家観や民族意識を牢固として抱いている」などと意味不明の逆切れ状態で完全に無理筋の擁護論である。

本質は時期が来れば総理にもなり得る野党第一党の代表たる人物が、日本の国法を順守していない疑いがあることに対し、明確な説明を求められているということに尽きる。それがどうして「排外主義・民族主義」となるのか。外国人差別問題とは明らかに次元が違う、政治家としての資質を問われているに過ぎない。

そもそも擁護派は蓮舫氏が二重国籍であることを否定もせず、「だったらどうなんだ」という開き直りの屁理屈を捏ねているだけだ。こういう輩に擁護されている時点でこの人物の素性が知れる。蓮舫も民進党も終わりだ。
posted by 三四郎 at 18:07| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月04日

団栗の背比べ

民進党の代表選候補者がNHKの番組でそれぞれ抱負を語ったらしい。その中で前原氏は「民主党の負のイメージを引きずっている。国民の皆さんにおわび申し上げる」と国民に「謝罪」したという(時事電子版)

>民進党代表選(15日投開票)に立候補した前原誠司元外相が4日のNHK番組で、「(旧)民主党の負のイメージを引きずっている。国民の皆さんにおわび申し上げる」と、深々と頭を下げて陳謝する場面があった
民主党政権で要職を歴任した前原氏は、「負の遺産を反省した人間でないと(党を)まとめられない。自民党に代わる国家像を示す」と指摘。政権担当時の混乱を党再生の糧とする姿勢を示した
蓮舫代表代行と玉木雄一郎国対副委員長は同番組で「おわび」には言及しなかった。蓮舫氏は「与党になる。国民に応えられる政党にしなければいけない」と、玉木氏は「私が出馬することが変革の象徴になる」とそれぞれ訴えた


「お詫び」というが、何をどう詫びるつもりなのかがよくわからない。あの3年余りの民主党政権は確かにひどいものだった。それは単に経験不足や未熟といった言葉では語りつくせない、もっと根本的なものからくるカオスでありパニックだった。

個別的な事象と要因は挙げればきりがないが、詰まる所この党の性格が諸悪の根源である。つまりは政権運営に統一的な理念や方向性がなく、国家観も欠如しているがゆえに綱領さえ存在しない単なる「選挙互助会」でしかなかったということだ。そういう民主党時代の「負の遺産」を払拭出来たとでもいうのか。

その認識がない、或は気づかぬふりをしている限り、どれだけ党名を変え、どんな人物が代表になり、どの党と組もうとも、この党が再び日本国の政権を執ることはない。否、心ある国民がそれを許さないだろう。

団栗たちにはそれが分かっていない。
posted by 三四郎 at 17:41| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

忘れてならないこと

今上天皇陛下の生前退位について、今年に入り俄かに朝野の議論が喧しくなってきた。NHKの世論調査だと8割超の人が生前退位賛成で、反対はわずか5%程度らしい。

この種の調査は調査主体によってバイアスがかかるのが普通だと思っているから鵜呑みにはできない。しかし仮に賛成派が半分としても4割超の人は賛成で、反対派が倍としてもせいぜい10%程度しかいないことになる。

こうした背景を受けてか、与党内でも生前退位ありきの議論が進行している風だ(@niftyニュース/読売電子版)。

自民党の二階幹事長は2日、TBSの番組収録で、天皇陛下が「生前退位」の意向を示唆されていることについて、「陛下が内面まで吐露しておっしゃったわけで、『慎重審議だ』みたいなことを言って棚上げしておくことは許されない」と述べ、政府として対応を急ぐべきだとの考えを示した
>公明党の漆原良夫中央幹事会長も「政府で案を出していただき、粛々と早く結論を出すことが大事だ」と同調した


俺も今上陛下の談話をTVで拝見した。確かにご自身の健康不安や国事行為への影響を慮るお言葉であり、生前退位を望まれていると忖度できる内容だと思う。

しかしこれは陛下御自身の問題にとどまらず日本の国の象徴に関わる問題だけに拙速に事を運ぶことは許されない。今上陛下御自身の健康不安があるなら、その軽重を問わず摂政を置けばよかろう。まずは現行制度において最大限可能な対応をすべきである。

その間に恒久的な制度改正に向けた議論を活発化させればよい。陛下御自身はかなり以前より周囲に心情を吐露されていたというが、国民一般が関心を持ち議論を始めるようになったのは今年になってからではないか。俺の認識ではまだスタート地点である。

俺自身の考え方としては、生前退位はされるべきではないと思う。もし生前退位が復活したならば「太上天皇」という位が設けられることになる。今日、皇室は政治的な実権を持たず国の象徴に徹すると言えども、それだからこそ権威は大きい。今上天皇と太上天皇という2つの権威が存在することが権威の政治利用に繋がらないとも限らない。

憲法や法律は時代が変わればそれに合うよう変えていく必要がある。しかし「天皇」は日本国の象徴、いわば日本そのものである。感情や利便だけで扱うべきではない。もし崩御されれば国全体として受け止め影響を甘受して喪に服す、そういうものだと俺は思う。
posted by 三四郎 at 11:23| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする