2016年11月06日

怒れる大衆

俺的に最近のニュースをつらつら俯瞰的に見ていると、米大統領選と韓国大統領スキャンダルが目立っているように感じる。経済紙等はさすがに一面の関心事にはしていないが、どこか底流に気にかけている空気を感じる。

米大統領選はまさに目前に迫っているわけだが、ここにきてクリントン対トランプの支持率は拮抗しており、どちらが勝利するのか皆目見当がつかなくなってきた。

クリントン候補は土壇場のFBI捜査が足を引っ張っていることは否めないが、いま現在1%しか支持率の差がないということは、相手の異端児ぶりを思えば不人気ここに極まれりではないか。米国民も困っているだろう。

かねがね俺はトランプ候補の善戦の背景には米国大衆の既成政治に対する不満、不公平感、閉塞感があると感じている。言い方を変えればエスタブリッシュメント層への根強い不満、不信が臨界に近づいているのではないか。

これは韓国大統領への澎湃として沸き起こった退陣要求デモにも通じる。経済はジリ貧、頼みの財閥企業は傾き、潰れて失業率は悪化、大学を出てもまともな職にありつけず、若くして生涯に絶望せざるを得ない社会構造にあって、大統領とその取り巻きは権力を私物化して栄耀栄華を欲しいままにしている。

この図は非常に前近代的過ぎて、米国と単純に同列にはできないものがあるが、既存支配層に対する一般大衆の不信・不満という点では本質的に通底しているのではないか。

翻って我が日本を見てみれば、アベノミクスに足踏み感はあり、社会の一部に格差の拡大も見られ、本質的な構造改革にはなお道遠しと言わざるを得ないながら、政治、経済ともまずまずの状態である。政権与党の諸氏には米韓で起きている事態を反面教師として「怒れる大衆」を生み出すことの無いよう、気を引き締めてほしいものだ。
posted by 三四郎 at 10:00| 千葉 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする