2017年06月30日

これが韓国だ

「慰安婦問題」に関する日韓合意を韓国側は何とか「なかったこと」にし再交渉に持ち込みたいようだ。そのために何かと理由をこじつけて、日本側が先に合意に反したということにしてその効力を停止したい思惑が露骨に見える。

しかし日本側には合意に関して一点の違反も曇りもない。韓国世論は「たかだか10億円で解決などできない」という意見が強いようだが、金額の多寡ではなく既に合意した以上は国内世論を納得させるか、せめてしっかり説明する責任は一義的に韓国政府が負わねばならない。これは既に韓国の国内問題なのだ。

しかし当の韓国政府は自らその責任から逃げ、世論に押され迎合する形で日本に責任を擦り付け、海外メディアにも得意の「告げ口」をまき散らしている有様だ。

特に「慰安婦像」の撤去については、日韓合意の象徴的な意味がある。ウィーン条約にも明らかに違反するこの像をどう扱うかで、韓国政府の誠意と責任、韓国社会の成熟度が問われることになる。

しかし現実は真逆だ。

ここにきて釜山市は「慰安婦像」を市の管理下に置くことを正式に決めた模様だ(時事電子版)

>韓国南東部・釜山の日本総領事館前に慰安婦を象徴する少女像が設置された問題で、釜山市議会の本会議は30日、「市長は慰安婦被害者に関連した造形物、銅像などの設置、支援、管理事業を遂行できる」と規定する条項を盛り込んだ条例案を可決した
>条例は公布を経て8月中旬にも施行される。市が少女像を管理できるようになり、日本政府が求めている撤去は一段と難しくなりそうだ


条例制定に当たっては市当局の役人が諸悪の根源である「挺対協」側と協議していたらしい。これはもう確信犯というしかなく、市は始めから国家間の合意など無視するつもりだったわけだ。

以前、韓国政府は「慰安婦像」を民間が建てたものだから政府はどうしようもできない、などと意味不明の言い訳をしていたが、既に公的機関が管理する以上、その言い逃れは通用しない。

撤去努力どころか条例制定を黙認する韓国政府は日韓合意に明確に違反している。その上に開き直り再交渉を求めている。日本もとことん舐められたものだ。ここで毅然として約束の履行を求めないと日本も韓国と同類の「ぐだぐだ国家」として国際的信用を失うことになるだろう。
posted by 三四郎 at 12:49| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月25日

節操無し

THAAD配備をするしないで中韓が揉めている。中国は政治経済両面で韓国への生殺与奪の持てる力をフル活用して制裁を加えている。

そんな中、韓国も「そっちがそうなら」とばかり、海外旅行先を中国から日本にシフトさせている、という記事があった(@niftyニュース/Record China)

>2017年6月23日、米ラジオ局ボイス・オブ・アメリカ中国語版サイトは記事「韓国人観光客、中国制裁を開始=日本旅行に転換」を掲載した
>高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に伴う中韓の対立が続いている。中国による韓国への制裁が話題となってきたが、「ここにきて韓国市民も自発的な中国“制裁”を始めたようだ」と記事は伝えている。韓国MODE旅行社の統計によると、今年5月、中国に向かう韓国人旅行者の数は前年同月比マイナス42%と大きな落ち込みを示しているそうだ
>その代わりの旅行先として浮上したのが日本だ。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、今年5月に日本を訪問した韓国人旅行客は約56万人。前年同月比85%増という急成長だ。中国人を上回り訪日観光客の国別トップの座に就いた。MODE旅行社関係者は「THAAD問題の影響で、人気の訪問先は中国から日本に変わった」とコメントしているという


単純に、「見る・食べる・遊ぶ」の旅の三要素を満足させてくれる旅行先として、日本は世界でもトップクラスだと思う。加えて安全・安心というベーシックな要求にもほぼ完璧に応えられる。

その点、中国は景勝地や食文化などの魅力はあるが、遊びという面では「まがい物」「二番煎じ」が多い。何より安全・安心についてはあらゆる面で疑問符が付く。

そのような観光地としての魅力において日本が勝る面は確かにあるが、同時に少し節操が無さすぎやしないかとも思う。

文大統領就任以降、反日ブーストは拍車がかかり、「慰安婦像」は減るどころか増殖している。国家間の合意も平気で蒸し返し「再交渉」を官民挙げて叫んでいる中で、どうして日本に来るのか気が知れない。

確かに訪日客として来る韓国人と国内で反日に血道を上げる韓国人は別人かもしれない。それにしても「前年同月比85%増」というのは尋常ではない。「口で反日を叫びながら日本に憧れている」とは韓国通と言われる人から聞くことはあるが、俺としては理解不能でありいっそ不気味としか言えない。

さらに言えば、国内経済が低迷し若者が未曽有の就職難となっている中で、日本が有力な就職先と目されているとも聞く。

いわゆる「用日」の理屈かもしれないが、まともな神経なら屈辱と劣等感が先立ち、とても耐えうるものではない。それをものともしないこの倒錯した、否、歪んだメンタリティは何なのだろうか。「無節操」「短絡的」「刹那的」・・?

やはりあの国とは「価値観を共有」などできないことだけは確かのようだ。
posted by 三四郎 at 12:18| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

迷走の始まりか

都議選が告示され、話題は国政にも影響を与える小池都知事の「都民ファーストの会」の戦いぶりに集まっているようだ。

ここにきて小池知事は最大の懸案である豊洲市場移転問題について、「築地市場との両立」という奇策を編み出している。

豊洲市場への移転を行いつつも、移転後に築地市場を「食のテーマパーク」として整備再生して復活させ、一部業者の復帰を画策している模様だ。

ちょっと聞いただけでもカネと時間が際限なくつぎ込まれるような悪い予感しかしない。その懸念を端的にまとめた記事がある(@niftyニュース/ビジネスジャーナル)

>小池百合子都知事は6月20日、東京・築地市場の移転問題について、市場を豊洲に移したうえで築地を再開発し、5年後をめどに一部業者を戻す方針を表明した。小池知事は「築地は守る、豊洲を生かす」と胸を張ったが、本稿ではこの「折衷案」は失敗する可能性が高いと考えられる理由について解説したい
●理由1:再開発で築地ブランドは消滅する
>なぜ、今の築地に人が集まるのか。そこには「昭和がある」からだ。場内、場外ともに、まるで路地裏の長屋にひしめくように、寿司屋をはじめとする飲食店、魚屋、練り物などの惣菜屋、乾物屋、雑貨屋などが、所狭しと並んでいる。あのごちゃごちゃ感が、とてつもなく心地よいのだ
(中略)
>多くの外国人観光客は、築地で魚や乾物を買うわけではない。朝食やランチに寿司を食べる人もいるが、人間味を感じる場内市場を目当てに来る。場外市場より飲食物販を除いた場内市場のほうがはるかに魅力的なのだ
(中略)
>では、人々は卸売市場のない築地に魅力を感じるだろうか。そもそも、場内を移転し場外を残すと決めた時点で、築地ブランドの価値は半減あるいはほとんど消滅したといってよい
●理由2:豊洲でできない食のテーマパークが築地でできるのか
>築地にどんな施設をつくろうとしているのかわからないが、豊洲につくろうとしていた複合施設「千客万来施設」の建設計画は昨年見送りとなった。築地が豊洲より立地が良いとしても、豊洲で無理なテーマパークが築地で成功するとは思えない
取り残される場外市場では、それこそ食のミニテーマパークづくりが進んでいる。その隣に、巨大なテーマパークができれば、場外市場は閑古鳥が鳴き、シャッター街となるだろう
(中略)
>銀座や東京駅周辺、新宿、渋谷、浅草など、新しく建設されるビルの多くは、ファッションビルではなく、食のミニテーマパークといえるものばかりだ。東京近郊は、ショッピングセンターなども含めて、食の関連施設が飽和状態というより、過剰なサバイバルゲームに突入している。少子高齢化がますます深刻になる5年後に食のテーマパークをつくっても、近隣施設との客の奪い合いを加速させるだけだ
●理由3:豊洲ですら赤字なのに、市場が2カ所で成り立つわけがない
>築地ブランドを生かすために市場が必要だとしても、豊洲市場の経営が大赤字であることが想定されているのに、市場を分散すれば赤字が拡大することは目に見えている。しかも、築地市場の取扱高は年々減ってきている。豊洲に移転したからといって、取扱高が増えるわけではない。市場を整理統合するならまだしも、拡大させるというのは時代錯誤も甚だしい

(後略)


一つ一つが首肯できる理由ばかりで、小池知事の構想はとても現実的とは思えない。特に多種多様な飲食店が犇めく東京は、それ自体が食の一大テーマパークといっていい。その一角に新たなテーマパークを作る場合は、よほどの斬新さ、他にない特徴がなければならないだろう。

天下の「築地ブランド」も、「新装レトロ」では安っぽく中途半端なものとなり却ってブランド価値を下げることになりはしないか。

記事の後略部分では、小池知事に対し「食」に拘らず「白紙の状態」で築地活用アイディアを公募してはどうかと勧めているが俺も賛成だ。

小池知事は豊洲・築地両立構想をまとめるにあたり、関係職員に「アウフヘーベンで」と指示したそうだが、両市場の価値を最大化するためには、いままさに小池知事自身が「文化」と「事業性」の統合両立を「アウフヘーベン」で概念の再構築をすべきではないのか。

既成政党による都議会支配に風穴を開けるのは良いが、開けっ放しでは困るのは都民だ。また他県民も国民として影響を被る。これが「迷走の始まり」にならぬことを望む。
posted by 三四郎 at 09:18| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

野党の怠慢

通常国会が閉幕したわけだが、今国会ほど野党の怠慢が目立つ国会もなかった。

「テロ等準備法案」など国家・国民にとって重要な法案が議論の俎上に上げられながらも野党は本質的かつ建設的な議論には応じず、したことと言えば「森友・加計」と無理筋のスキャンダル狙いによる審議妨害、遅延工作ばかりであった。そのことを数多の国民は冷めた目で見ているのだが、肝心の当事者は全く分かっていないようだ(日経電子版)

(前段略)
> 「森友学園(大阪市)問題に始まり、加計学園に終わった国会だった」。自民党男性議員は充血した目でこう振り返った。「どちらも本質では政治スキャンダルになるような話ではない」と言いながらも、「謙虚に説明していればこんな騒ぎにはならなかったはずだ」。政権幹部の対応への不満が口をついた
>同党の女性議員は「(文部科学省が再調査に追い込まれるなど)後から取り繕う形になったので何か悪いことがあるかのように思われてしまった」と不満げ。「官邸はもう少し丁寧に国民に接してほしい」と注文をつけた
>野党議員の顔にも不完全燃焼感が漂う。民進党の男性議員は「与党答弁には謙虚さがない。ヤジと怒号ばかりで本質的な議論ができなかった」と憤ったが、「国会は数の論理。我々も世論の後押しを得ていかなければいけない」と自らを戒める。別の同党男性議員も「もう少し追及が必要だった」と反省した
>別の野党の女性議員は「(2009年の)政権交代前夜にあったような熱気が野党にない。一人ひとりがもっと熱くなって、役所に乗り込むくらいの気持ちがないと」と歯がゆさを口にした
>国会論戦はこの日で終わるが、23日には都議選の告示を控える。関係者は一連の審議の影響を図りかねている
(以下略)


与党側は無理筋の論理でスキャンダルを捻じ込んでくる野党を軽くあしらえると思っていたのだろうか。ただ「安倍憎し」で政策も正義もない野党は「森友・加計」で押すしかなく、マスゴミも「ニュース」になればいいのでこれを煽ってきた。

その実相を認識し、もう少し先手を打って堂々と丁寧に説明していれば野党に付け込まれることもなく、却って野党の出鱈目ぶりが早く国民各層に周知されたのではなかったか。

野党の対応は無能を超えて議員として怠慢、否意図的な無作為という意味では国民に対する背信レベルであった。

もとより「数の論理」で政治が動くことは分かり切ったことである。「テロ等準備法」も成立は時間の問題であった。俺は「テロ等準備法案」を是とし新たな時代の組織テロに備えるには必要不可欠なものと認識しているが、同時に「両刃の剣」的な側面があることも承知している。

であれば、野党のすべきことは徒にこれを妨害することではなく、法が適用されると想定される具体のケースをできるだけ多く取り上げ、政府与党の見解を引き出すことであったはずだ。

その件数が多ければ多いほど、将来、法執行の現場での判断に恣意性が入る余地が少なくなり濫用にブレーキをかけることができ、延いては一般国民を守ることになる。それが立法府の一員である野党のなすべき最大の仕事ではなかったか。

しかし今国会の野党の姿を見るに、本島にこの法案の重要性を認識していたのかと疑問に思わざるを得ない。

もし仮に将来、独裁的な政権が誕生して「普通の国民」が濫用の犠牲になることがあったとすれば、その責任は野党議員にも問われなければならない。

そのような認識もなく「世論の後押し」を期待できるはずもないし、「役所に乗り込む」熱気があってもただの空回りで終わる。野党諸氏の猛省を望む次第である。
posted by 三四郎 at 15:18| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

ロンドンの深い闇

ロンドンの高層住宅火災は死者が70人に達するという。行方不明者も相当いるようで、火災としては近年稀に見る大惨事である。

ここは公営住宅で住民の多数が低所得者層だというから尚更悲惨だ。TV報道ではアラブ系と思しき市民が多く映っている。そのこともあって、政権に対する風当たりは強いようだ(@niftyニュース/TBS)

>ロンドンで起きた高層住宅火災で、地元メディアは犠牲者は70人以上に達するとの見方を報じました。一方、行政の対応に怒った住民など数百人が地元の役所になだれ込みました
>ロンドンの低所得者向け高層公営住宅で起きた火災では、これまでに30人の死亡が確認されていますが、複数の地元メディアは「犠牲者が70人以上に達する見通しだ」と伝えました
>こうした中、火災が起きた地区の役所に数百人の住民らが押し寄せました
>「正義を、正義を」(住民)
>住民らは以前から求めていた防火対策が施されなかったことや、改修工事で燃えやすい外壁が取り付けられたことが被害の拡大を招いたと抗議の声を上げ、低所得者が見殺しにされたと訴えました
>「多くの犠牲者を出した責任を誰かが負うべきです。これは殺人です」(デモ参加者)
>メイ首相は火災の被害者のためおよそ7億円の支援を行うと約束しましたが、訪れた避難所でやじを浴びる一幕もありました


メイ首相にとっては先の選挙での敗北に続いての「災難」でさしずめ「不幸の女神」にとりつかれたような感じだろう。

TV報道で件の外壁について説明していたが、可燃性の断熱材を耐火性の非常に低いアルミ外装で覆う工法が採用されていたようだ。今時こんな設計、施工など英国のような先進国では考えられない。

況して役所が供給する公営住宅である。当然英国にも建築に関する法律やガイドラインが整備されているわけであり、どこよりもこれらを順守しなければならないはずだ。しかももともと古い建築で、構造や防火設備の面で今日の基準からみれば不足や欠陥だらけだったらしい。

それがこの事故である。公営施設として性能をアップデートする努力を行政が怠ったことは明らかであり、外壁工事について言えばどこかでだれかが意図的に手抜き工事をしたのでは、と考えるのは自然なことだ。

今回の火災はその意味で人災ともいえ、改修工事のプロセス検証の結果次第では行政による低所得者層の切り捨てという醜悪な現実に直面しないとも限らない。

他国のこととはいえ犠牲者、遺族の怒りは想像に難くない。今はご冥福を祈るばかりだ。
posted by 三四郎 at 16:08| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月11日

大概にしとけ

韓国がこれだけ露骨な反日活動を継続していてもなお、「日韓友好」を口にする政治家がいる(@niftyニュース/読売)

>自民党の二階幹事長は10日訪韓し、木浦市の「金大中キムデジュンノーベル平和賞記念館」を視察した
>歓迎式典も開かれ、二階氏は「韓国と日本は一番の友好国であることを互いに後世に伝えていかなければならない」とあいさつ、冷え込んでいる日韓関係の改善に意欲を示した。式典には二階氏と長年交流のある野党「国民の党」の朴智元パクチウォン・前代表も出席し、「不幸な歴史を反省し、消化するよう、今後の両国の友好関係を築くために努力する」と語った


「長年の交流」の過程で利権かハニトラか、何があったのかは知らん。しかし「日韓が一番の友好国」などということは、歴史上この方一度でもあっただろうか。まして今この状況で日本が韓国に言うべき言葉では少なくともない。

歪んだ反日教育を継続し、東京五輪招致では悪質な妨害工作を行い、思い付きで旭日旗に難癖をつけ、「日本海呼称」を執拗に攻撃し、「慰安婦合意」を反故にしようと画策し、竹島を一方的に不法占拠し、窃盗した仏像さえ返還せず・・。

そんな国に言うべき言葉はただ一つ、「大概にしておけ。これ以上日本に甘えるな」ということだけだ。二階がどう思おうと、少なくとも俺はあの国を友好国とは一切思っていない。自民党も「大概にしておけ」。
posted by 三四郎 at 15:53| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月10日

それもいい

マスゴミと無能野党が必死に政局化の道具としている感のある「加計学園騒動」。政府はここにきて「怪文書」の再調査を決めたという(読売電子版)

>学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部の早期開設を「総理の意向」とした内部文書について、政府が再調査に追い込まれた
野党の追及や厳しい世論を受けての方針転換だが、与党内では、後手に回った対応に疑問の声も広がっている
>「徹底した調査を速やかに実施するように
>安倍首相は9日、首相官邸で松野文部科学相にこう指示した。政府は当初、「怪文書みたいな文書」(菅官房長官)と一蹴。文科省は調査で「文書の存在は確認できなかった」と発表し、再調査は「必要ない」(松野氏)と正面から向き合うことを避けてきた
>だが、新たな証言やメールの存在が次々と明らかになり、風向きが変わった。5月25日に前川喜平・前文科次官が記者会見し、「文書は確実に存在していた」と証言。6月2日には民進党が、文科省が内閣府から獣医学部の早期開設を求められた文書を省内で共有したことを示すメールの写しを入手したと発表した


何やら政府が追い込まれたように書いているが本当にそうなのか。確かにこれまで一蹴してきた対応を180度変えたわけだが、そもそも出所不明の誰でも捏造しうる「文書」についていちいち対応していては際限がない。

仮にその文書が実在するとすれば、文科省の誰かが漏洩したことになる。それはそれで役所としても守秘義務違反が問われる。しかも内容はといえば、官邸が文科省に進捗を促す体のもので違法性を感じさせるものはどこにもない。

安倍首相との関連も全てが憶測の域を出ないもので、国会も行政も時間とマンパワーが限られている中、「政局」狙いの怪文書に政府が「正面から向き合うことを避けてきた」のはある意味当然だろう。

が、執拗な反安倍スクラムの前に不信感を増幅させる国民も一定数いるのだろう。であればこの際「徹底した調査を速やかに実施」し、文書の存在だけでなく、その内容や背景について過去政権との関連も含め白日の下に晒すのがよかろう。

誰が本当に困ることになるのか、政権はある確信をもって臨んでいるのではないか。俺としても注視していきたい。
posted by 三四郎 at 17:27| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月05日

と言われても

ロンドンでまたテロが発生し7人が死亡した。折しも先のテロで自身のコンサート会場が舞台にされた米人気歌手が、チャリティーコンサートを開催していた中でのことだ。

相次ぐテロに対するロンドン市長の対応をトランプ米大統領が批判しているらしい(時事電子版AFP)。

>トランプ米大統領は4日、ロンドンでのテロ事件を受け、ツイッターに「テロ攻撃で少なくとも7人が死亡、48人が負傷したというのに、ロンドン市長は『怖がる理由はない』と言っている!」と書き込み、カーン市長を批判した。カーン氏はイスラム教徒初のロンドン市長
>また、言動から差別や偏見を排するよう努める「ポリティカル・コレクトネス(政治的公正)」について「もうやめて、自国民の安全に本腰を入れなければならない」と投稿した。
>AFP通信によると、市長の報道官は「市長には、事情が分かっていないトランプ氏の投稿に反論するより大事な仕事がある」と述べ、相手にしない考えを示した

>ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は4日、英ロンドン(London)で3日夜に発生した襲撃事件の直後に冷静さを呼び掛けたサディク・カーン(Sadiq Khan)市長に対し、テロの脅威を甘く見ていると批判した。これに対しカーン市長は、トランプ氏の発言に反応するよりも「もっと大事な仕事を抱えている」と取り合わなかった
>ロンドン橋(London Bridge)で3人の襲撃犯が車で歩行者をはね、その後バラ・マーケット(Borough Market)で複数の人が刃物で刺されるという事件が発生した数時間後、カーン市長は英BBCに対し、市民や来訪者らへのメッセージとして「きょうは冷静に警戒してほしい。武装警官、制服警官を含め、多くの警察官の姿を目にすると思うが、そのせいでおびえる理由はない」と語っていた


まぁ、いつものトランプ節ではある。2つの記事は微妙にニュアンスがことなり、前の記事では「テロそのものを恐れる理由はない」と言っているようにも聞こえるが、後の記事からは、「テロを警戒する警官の姿を見ても恐れる理由はない」と受け取れる。

いずれにしても市長なりにロンドン市民に冷静さを保つよう呼びかけているわけで、行政の長としてはまあこうも言うだろうな、という感じはする。

しかし一方、俺がロンドン市民ならやはり不安は拭えない。集会場や公共交通機関のどこで何が起こってもおかしくない雰囲気だ。

イスラム系の人々を隔離したり入国を拒絶したりすることには反発も予想されるので、あまり強硬な手段はとれないだろうが、何らか具体的な断固たるメッセージと措置は市としても必要だろう。「テロを甘く見てはいけない」というトランプ氏の発言は一理も二理もある。

『市長には、事情が分かっていないトランプ氏の投稿に反論するより大事な仕事がある』、それはそのとおりだが、その「大事な仕事」を不安を抱えた内外の人々に説明してほしいものではある。
posted by 三四郎 at 08:09| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

良い子と品格

少し政治から離れた話題をひとつ。やはり中国絡みではあるが・・。

卓球の平野美宇といえば、「卓球大国」中国の名だたる選手に勝利した若手の実力者だが、その「プレースタイル」に中国人卓球ファンから「ブーイング」が起きているという(@niftyニュース/サーチナ)

>ドイツ・デュッセルドルフで開催中の世界卓球女子ダブルス3回戦で、日本の石川佳純・平野美宇組は中国の丁寧・劉詩ブン組に0−4と圧倒され敗退した。ダブルスとはいえ因縁の相手である平野を圧倒した中国の人びとは大いに溜飲を下げたことだろう。一方、中国のネット上では平野に対して「プレーに品がない」という批判が出ている。中国メディア・今日頭条が1日伝えた
>記事は、平野が試合の中で2度、「試合に負けて、人としても負けた」行為を見せたと紹介。まず第1ゲームの9−9と大詰めの場面、石川の放ったサーブに劉が「ネットに触った」と打ち直しをアピールするも、平野がこの主張を認めず、打ち直しを拒んだとした
>また、第2ゲームでも同じく石川のサーブに対して中国選手がネットに触れたことをアピールしたところ、平野はやはり手を振ってこれを受け入れようとしなかったが、石川が自らネットに触ったことを認めてサーブをやり直すことになったと説明している
>記事は、「平野によるこの2回の行動が中国の2大選手を激怒させ、相手に全く隙を与えない強さを見せつける結果となった」とするともに、中国の卓球ファンも平野の行為に激怒し、「品がなさすぎる」との批判が飛び出したと伝えた
>さらに「今回が初めてではない。昨年のワールドツアーグランドファイナルでも、自身が劣勢の時に『観客席からフラッシュライトをたかれた』、『虫が飛んでいる』というクレームをつけて相手のリズムを崩そうとし、ファンから大いに不評を買った」と紹介している
>記事を読んだネットユーザーからも、「見ていて気分が悪い」、「福原愛や石川佳純は品があって好きだが、平野は好きになれない」との批判が出ている。一方、17歳という若さゆえのものであり、今後自分で気づくだろうという意見もあった
>中国卓球界の反応もさることながら、中国の卓球ファンやネットユーザーの反応も、福原や石川とは明らかに異なる。ちょっとした行動に対して厳しい批判が出る裏には、平野の強さや潜在力に対する警戒心や焦りが多少なりともあるのかもしれない


中国人から「品格」だの「マナー」だの「人として」だの言われたくはない気もする。実際この程度のことはスポーツのゲームにおいてはありがちなことだろう。

ぜんたい、日本人選手は卓球に限らず「おとなしすぎる」のではないか。国民性かもしれないが、おかしいときにはおかしいと抗議する姿勢や、際どいプレーについては相手の抗議をは撥ね退ける強かさも必要だろう。「品格」は確かに美しいが、それで負けてばかりではスポーツ選手である意味がない。

誰からも文句のつけようがない強さに加えて、精神的な余裕ができたとき品格は自然に発生する。その意味で平野選手はまだ若いがゆえに余裕の無いことは事実だと思う。

しかし同時に、「卓球大国」としての地位を脅かす選手の登場に対する中国人ファンの危機感は確実にあるはずで、今後も平野選手は「批判」に晒される場面が増えるだろう。

平野選手は大丈夫だとは思うが、こういう雑音に対する耐性を身に着けていってほしい。決して「良い子」になる必要はない。もっともそれは日本人選手、否、日本人全般に言えることだが。
posted by 三四郎 at 09:21| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | スポーツ・エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする