2015年09月25日

「異例」の闇

韓国籍の社長が絡んだ羽田空港の施設使用汚職事件では、監督官庁の国土交通省が「異例の扱い」をしていたという(楽天NEWS/時事)

羽田空港の格納庫使用をめぐる汚職事件で、贈賄容疑で逮捕された金沢星容疑者(61)=韓国籍=が社長を務めていた格納庫管理会社「Wings of Life」(金沢市)が2012年度から14年度分まで、国有地の使用料を支払期限後に分割払いしていたことが25日、国土交通省などへの取材で分かった。同省によると、納付は一括払いが原則で、異例の扱いになっていた。警視庁は同省が分割払いを認めた経緯も詳しく調べるとみられる
>警視庁は同日、収賄容疑で国交省航空局係長の川村竜也容疑者(39)を、贈賄容疑で金容疑者を送検した。捜査関係者によると、金容疑者から川村容疑者に総額数百万円が渡っていたとみられる。一部は川村容疑者が米ラスベガスに家族旅行した際の費用に充てられたり、Wings社の関連会社に転職する支度金として渡されたりしたという
>国交省などによると、格納庫は羽田空港の国有地にあるため、同社は年間約1億円の土地使用料を、支払いを求める告知から20日以内に納付しなければならなかった
>しかし12〜14年度の使用料は、いずれも納付期限後に分割払いされていた。国交省は取材に対し、「結果的に分割払いになってしまったことは不本意」とコメント。支払いに窮した同社への対応に甘さがあったことを認めた形だ


贈収賄事件というものは、贈る側と受け取る側があって成り立つものであるから、一概に贈賄側の韓国人だけが悪いとするつもりはない。しかし俺が過去に経験した韓国企業・韓国人たちとの仕事においては、よく言って「公私混同」悪く言えば「犯罪もどき」になるような際どい取引や接待の勧誘があった。

意思が弱く金銭的に困窮している人間や、現状の地位に不満を持つような心に隙がある状況であれば、容易に付け込まれかねない危うさがあの国とのビジネスにはついて回る。またそういう嗅覚はことのほか発達しているのがあの国の連中である。

件の係長もその類の人間だったのだろう。しかし個人の問題と切って捨てるのは簡単だが、中央官庁とはいえ出先機関の一係長が、納付金を遅延した企業に期限後の分割払いを認める権限などあるとは思えない。実際「不本意」(ずいぶん呑気なコメントだが)という以上、これは本来「あってはならない」処置のはずだ。

これができてしまうシステムも問題だが、「異例」と言う以上滅多にない事例なのだろう。それがなぜ今回できてしまったのか。この理由と経緯はしっかりと当局に追及してもらいたい。そこに社長の国籍が関係しているのか、「国土交通省」だから特別な理由があるのか、これは末端の汚職事件で片づけるには看過できないものを感じている。
posted by 三四郎 at 18:19| 千葉 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>>国交省は取材に対し、「結果的に分割払いになってしまったことは不本意」とコメント。支払いに窮した同社への対応に甘さがあったことを認めた
随分と国民を舐めたコメントですね。 不本意というのなら、一体ドゥするのが本意なのか、処罰の姿勢でそれを国民に提示しなくては、理解は得られないと覚悟しなくてはいけないだろう。

 然し、原則的に、仕事上の瑕疵で公務員を罰する事は出来ていないのが実態だろう。 罰を与えられるのは、当事者だけ、管理監督責任者は、形式的な罰を受けるのみで、其処に至った組織の構造的な部分にメスが入る事は稀だろう。  

 国家、地方の如何を問わず、日本では公的な職務を全うするものは、厳しいモラルの中に置かれ、贈収賄の疑い有れば、身は切腹、お家は断絶と言う最高刑すら覚悟しなくてはならなかった。

 決して、TVの時代劇でやって居るように、あちこちで、商人と武士の間で贈収賄が行われていたわけではない、その証拠に、そう言う歴史的事跡が残されていない。 歴史に残っているのは、宝暦一揆の原因になった郡上八幡の代官の不正位で、この時は、10人近い農民が直訴に及び、摘発された代官は切腹、然し、訴人の農民全員が死罪を賜った。 ほかにも、佐倉惣五郎一揆などもあるが、江戸期そういった一揆=直訴等、直接支配帰還を飛び越えて政治的是正を求める行動は、限りなくゼロに近いのである。

 日本社会は、高位の役職に就くものの不正に、物凄く厳しく、同時にそれ以上に社会の秩序維持には、支配される庶民側も、寧ろ武士以上に厳しい遵法意識を持ち、維持していたのである。

 日本では役人=武士であるが、こういう日本の歴史実態が、官民挙げて社会秩序維持に命を賭けていた事を知れば、この様な恥ずべき事は起こらなかったであろう。

 切腹やお家断絶の厳しい措置に対処していた事を知れば、決して、「不本意」などと言う表現では、本当に反省しているとは思えないのである。
Posted by ナポレオン・ソロ at 2015年09月27日 08:47
ソロさん、おはようございます。

「ノーブレスオブリージュ」という概念が現代日本の役人には無くなってしまったのでしょうか。

戦後教育の弊害もあると思いますが、この「多様化」の時代にあって「心の隙」を突いてくる者たちへの備えを、日本人は改めてすべきでしょうね。
Posted by 三四郎 at 2015年09月27日 10:02
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