2015年10月12日

ユネスコの構造的欠陥

これまでさしたる興味もなかったユネスコという組織の所管する「世界遺産」という「制度」だが、なかなかに構造的な欠陥だらけのように見える(読売電子版)

>日本政府は、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に中国が申請していた「南京大虐殺の文書」が登録されたことについて、「国際機関の政治利用だ」として中国批判を強めている
世界記憶遺産の審査過程には不透明さもあり、政府はユネスコに改善を働きかける方針
>ユネスコの登録発表を受けて、政府は10日、「中立・公平であるべき国際機関として問題であり、極めて遺憾」とする川村泰久外務報道官の談話を発表した。外務省幹部は「中国が日本をおとしめるため、国際機関のお墨付きを得ようとしたのは明白だ。制度にも欠陥がある」と語っている
>世界記憶遺産の審査は、文書保存などの専門家14人でつくる国際諮問委員会が行っている。ただ、委員の選考基準は明確ではない。歴史学者も含まれていないため、諮問委が資料の内容を歴史的事実かどうか見極めるのは困難とみられる


国連はいわゆる戦勝国による「戦後秩序」を維持する組織だ。であれば、「歴史」が政治利用されないわけはない。そのこと一事をとっても、公平中立が形骸化しやすい構造となっている。

しかしそれを置いてもこの制度は不備だらけのようだ。そもそも「歴史の記録」を人類共通の記憶として遺産化するのであれば、その対象が事実に基づくものでなければならないことは基本中の基本だ。

その基本の部分を検証、評価することは一義的に審査機関たるユネスコの仕事だろう。しかしその実態は「文書保存などの専門家14人」が委員となるがその「委員の選考基準は明確ではない。歴史学者も含まれていないため、諮問委が資料の内容を歴史的事実かどうか見極めるのは困難」だというのだから驚き呆れるばかりだ。

文書保管にしか知見を持たない、いわば政治や歴史の素人が何を検証し評価できるのか。八百屋に和牛の目利きをしろという以上に不可能だろう。これでは悪意を持った国家、組織が、文書としての体裁やエイジング状態を捏造、加工すればどんな内容でも通りかねないということになる。これが構造的欠陥でなくて何であろうか。

今回の件については、あの媚中派議員の二階氏さえ「ユネスコ分担金の協力はできなくなる」と発言している(読売電子版)

自民党の二階総務会長は11日、徳島市で講演し、国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)が世界記憶遺産に「南京大虐殺の文書」を登録したことについて、「ユネスコが『(南京事件で)日本は悪い』というなら、ユネスコの資金はもう日本は協力しないと言えないとしょうがない」と述べた
ユネスコ予算の約1割(年間約37億円)に当たる日本の分担金を見直すべきだとの考えを示したものだ
南京大虐殺の文書を巡っては、外務省が「完全性や真正性」に疑問を呈し、ユネスコについて「中立・公平であるべき国際機関として問題」と批判した


日本の政治家として当然の意思表明であろう。ただ、外務省が「完全性や真正性」に疑問を呈し云々としているが、このような事態になるまで何をしてきたのかと問いたい。国内で内弁慶的に疑問を呈したところで何にもならない。

「南京大虐殺」は過去数十年に亘って、折に触れ中共が喧伝し、記念館や出版物で息の長いプロパガンダをしてきた。

しかし日本の政府や学識者はこれに対抗するどんな措置を取ってきたのだろうか。英語や中国語で国際社会に向けた反論や問題提起をどれだけしてきたか。経済関係を壊したり「歴史修正主義」の烙印を押されることを懼れて看過してきたのではなかったか。

歴史の捏造は簡単にできるものではない。それ相応に時間とエネルギーが必要だ。ユネスコという国際機関の「お墨付き」を得るまでに中共は強かに粘り強く準備してきた。その結果の今日である。日本政府がこの点猛省すべきはもちろんながら、戦略性、先見性何より日本人としての覚悟と胆力のある政治家を輩出できなかった日本人全体の責任と捉えなければなるまい。
posted by 三四郎 at 08:59| 千葉 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こうなってくると、そもそもユネスコの存在意義を怪しまねばならなくなってしまい、収拾不能という感じですね。私も自分なりに検証本などを目にしてきましたが、歴史的事実そのものとして疑問を多く残すものでしょうか…。「南京大虐殺の文書」なるものが記憶遺産に尊くされたというのですが、作為的な文書の可能性も充分にありそうですし…。長い目で考えれば、ユネスコも赤っ恥を欠く日がやって来るのだと思いますが、当面、これでユネスコが反日勢力に「お墨付き」を与えた格好になり、苦慮させられるのかも知れませんね…。

ユネスコも、こういうものであると思うと、ちょっとげんなりしてしまいます。
Posted by メロンぱんち at 2015年10月12日 20:55
メロンぱんちさん、こんばんは。

>そもそもユネスコの存在意義を怪しまねばならなくなってしまい、収拾不能という感じ

そうですね。まさかとは思いましたが、まるで歴史の素人としか言えない人々が審査しているとは、怒りを超えて虚しさとバカバカしさしか感じません。

分担金停止もカードとして有効だと思いますが、そもそもこういう中共のプロパガンダに容易にしてやられる日本人の甘さこそ、私は大問題だと思います。

このままだと早晩「従軍慰安婦」も登録されかねません。世界は悪意と裏切りに満ちたものだという認識を、日本人は持つべきです。
Posted by 三四郎 at 2015年10月12日 21:01
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