2015年10月31日

戦略なき対症療法

日本政府はユネスコに日本人委員を送り込み、発言力を高めようとしているらしい(読売電子版)

>政府は30日、世界記憶遺産の審査に影響力を持つ国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)のアジア太平洋地域委員会に、日本人委員を送り込む方針を固めた
>日本がユネスコに慎重な対応を求めたにもかかわらず、中国が申請した「南京大虐殺の文書」が世界記憶遺産に登録された教訓を踏まえた。政府は委員派遣を通じ、審査過程における日本の発言力を高めたい考えだ
>ユネスコの記憶遺産には〈1〉世界〈2〉地域〈3〉国内――の三つのレベルがある。審査は各レベルの委員会で個別に行われる。世界レベルの場合は、14人で構成される国際諮問委員会が審査し、ボコバ事務局長に登録を勧告する。ただ、諮問委員の選考基準は明らかでなく、日本が委員の派遣を申し出ても、受け入れられる保証はない


まあ、その志というか思いは多とするも、正直なところ実効性は疑わしい。中韓に阿る事務局長が任命する委員会であれば、まず採用されるかどうか疑わしい。採用されたとして、一人や二人の発言力がどの程度の影響力を持つか。これまた事務局長が恣意的に判断すれば徒労に終わる。その場合、日本の権威さえ失墜しかねない。

結局、委員を派遣するというのは小手先の対症療法に過ぎない。それよりも日本は資金拠出の停止と歴史や記憶に関する世界遺産の指定を返上することで、抗議の意思と筋目を通す方が有効なのではないか。「怒るべき時には怒る」という姿勢が大事だろう。

無論、単にそれを行うだけでは中韓のプロパガンダに利用され、日本が国際世論に逆行して孤立化しているというイメージを負わされるだけになりかねない。

そのためにも、中韓の主張には何ら根拠も学問的意味もない政治的行動であることを理路整然と国際社会に向けて発信するステップが必要だ。当然そこには現在のユネスコの欺瞞性も問題提起することもセットで求められよう。

そういう戦略性を持ったメリハリある活動こそ日本がこれまで最も等閑にしてきたものだ。多難な道ながら立ち往生するわけにはいかない。
posted by 三四郎 at 17:06| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
これ等国際舞台での日本への誹謗中傷行為は、嘗て、英米仏蘭ソが黙ってはいるが、その実陰で面白がっていた事だろう。 その裏には、人種的偏見、白人文明至上主義が当然の様に存在していたのは謂うまでもない。

 就中、ソビエト連邦はロシアの時分、日本に大敗した事で国家が転覆した事を、恥辱に思っている様子があった、ダカラ、ノモンハンで大敗した以外、大した交戦履歴もないくせに、天皇陛下の処刑を最後まで、オランダとともに主張していた国だった。

 国連とは、そうした白人国家の利益擁護を図る事を具体化した機関であるから、ユネスコに関しても、日本の拠出金などは、寧ろ当然視している様子が伺える。

 彼らには原則、「白人種以外、キリスト教徒以外の弱いモノを援け育てる」思想は皆無だと認識しなくてはならない。 それが証拠に、白人種同士の虐殺は、「人類の犯罪行為」と大騒ぎする癖に、有色人種同士の争いで数千万、数百万人が死んでも、ニュースにすらならない時代が長く続いたではないか。 且つ、そんな争いの原因を作ったのは、アフリカや中近東では、大抵、誰あろう自分たち白人文明であった事を無視しているのである。

 国連そのものの存在意味を、現在とは真逆に変えて行く努力が本当は必要なのですが、強きに阿るのは、人間の性の様で、ユネスコもそのそしりを免れるものではないようです。

 ユネスコ改革は、国連改革なしには無理でしょう。
Posted by ナポレオン・ソロ at 2015年11月01日 16:48
ソロさん、こんにちは。

思うにやはり、日本はユネスコへの拠出金を速やかに停止すべきでしょうね。そのくらいしないと国際社会は注目もしないでしょう。

中韓が逆にこれを反日宣伝に利用する可能性は高いですが、日本が「引いた」ユネスコを中韓が牛耳ることになれば、その中立性公平性が一層低くなることが誰の目にも明らかとなります。

そうしてユネスコの弱体化につながればそれでいいのかもと思うようなこの頃です。
Posted by 三四郎 at 2015年11月03日 14:33
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