2016年05月14日

公器の資格

フェイスブックといえば米国初のSNSとして世界的に広く普及している。俺は救いがたい昭和人間で未だ使ったことは無いが、「意識の高い」若い世代を中心に拡大し、携帯電話やメールに連なる「社会の公器」のような存在と化しつつあるらしい。

しかし当の米国で、果たして公器と言えるのかというべき疑惑が浮上しているようだ(時事電子版)

>米フェイスブックザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)は14日までに、米共和党に関するニュース表示を同社が意図的に制限したとの一部報道を受け、社内調査を進めていると明らかにした
>問題となっているのは、話題のニュースを紹介する「トレンド」と呼ばれる機能。IT情報サイト「ギズモード」は9日、フェイスブックの元契約社員の証言を基に、共和党の活動や所属議員に関する一部のニュースを意図的に除外していたと報じていた
>フェイスブックによると、利用者が話題にした回数などからニュースを自動的に絞った後、担当者が中立性を保つための社内指針に従い、最終的に紹介するニュースを選択している


仄聞するところによれば、もともとザッカ―バーグ氏は民主党のシンパで、オバマ政権誕生のときにはSNSを駆使してこれを支援したと聞く。IT企業家を多く輩出するカリフォルニア州にはリベラル派が多く、民主党支持を公言する経営者も少なくないらしい。まぁ企業人である前に一人の市民、国民であれば政治スタンスにも主義主張があって当然だろう。

しかしベンチャー企業であるうちはともかく、フェイスブックのように中立を謳う一種の社会インフラの様相を呈するシステムとなればその影響は大きく別な話になる。もし一方の政治勢力のニュースのみを取り上げていたとすれば立派な政治行為であり、今すぐ「中立」という看板を外してそのスタンスを明示すべきだ。

フェイスブックは今、「社会の公器」たる資格を問われている。
posted by 三四郎 at 20:17| 千葉 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>>フェイスブックのように中立を謳う一種の社会インフラの様相を呈するシステムとなればその影響は大きく別な話になる
米国社会は、新聞やTVさえも、個人的な、或いは組織的な偏向を認めているのであって、三四郎さんが指摘されている事は、概ね、日本人としては首肯出来るが、米国社会としては、異端なのかもしれませんよ。

 其れだけ米国社会は多種多彩であり、常識に則れば、意見の独自性が表に出ず、無視されて終うのではないか。 しかし、指摘の「在るべき公器の姿」はその通りだとは思う。

 只、どちらが正しいかという問題ではすでになく、どちらがより、主義主張として目を惹くかという問題にすり替わって居る様な気がします。
Posted by ナポレオン・ソロ at 2016年05月19日 10:52
ソロさん、おはようございます。

米国メディアは自らの立ち位置を公言しますよね。その点、「不偏不党」と嘯く日本メディアの偽善振りよりは分かりやすくていいと思います。

ただFBがこれだけ多くの人が使うコミュニケーションツールとなっている以上、これを恣意的に運用することは避けねばならないし、それができないのならいっそ「私的ツール」として宣言すべきだと思いますね。
Posted by 三四郎 at 2016年05月22日 08:54
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