2016年06月11日

恥知らず

公金流用、公私混同問題で連日批判の十字砲火に晒されている舛添都知事。それでも辞職しようとしない神経は並ではない。疑問や批判に対するに開き直りの強弁や屁理屈の連発。ここまでくると彼の言っていること全てが嘘くさく信用できない(@niftyニュース/TBS)

>片山元総務大臣は、TBS「時事放談」の収録で、舛添都知事が正月の家族旅行中に会議をしたという出版社社長について、舛添氏は名前を公表すべきだと厳しく批判しました
>「(出版社社長が)実在するなら、実際に来られているならば、早く言えばいい。舛添氏は大変な窮地に陥っているから、焦点は社長がいるのか来たのかになっているから」(片山善博元総務大臣)
>舛添知事は、家族旅行中に会議をしたという出版社の社長についてプライバシーを理由に公表を拒んでいますが、片山氏は、このように批判するとともに、「自分の潔白を証明するためにも命がけで言わないといけない」と述べました


地位ある人間にこれまた一定の社会的な名声ある人物が「実在するなら、実際に来られているならば、早く言えばいい」とはなかなか直球の批判である。自分が信頼されていないことの証というだけでなく、ある意味軽蔑されているニュアンスだ。こんな言葉をぶつけられたら俺なら恥で耐えられない。

ここまで信頼を失い軽蔑されている人物が首都の長として居座り、リオ五輪のセレモニーに出るなど想像するだに日本人として恥ずかしい。舛添さん、あんたはいいだろうが国民が耐えられない。どうかお辞めになってください。
posted by 三四郎 at 17:00| 千葉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マス添えさんは「今回はしくじった」と思っているだろう。しかし恥じてはいなさそうだ。法的に問題がないのだから後ろ暗い事はない。

なぜ彼は驕ったのだろう。それは性格としか言いようがない。
福岡の秀才、東大卒、フランス留学、フランス人女性と同棲、東大助教授、数度の結婚と離婚、複数の愛人、母親を介護し続けたという「ねつ造」の人気、国会議員、厚生労働大臣、世話になった自民党を足蹴にして自主路線へ。そして東京都知事、都市外交と称して海外詣で。

上の例に見る個々の内容は、公用車で別荘通いなり家族旅行を公費で賄うなどに比べれば彼にとって些事。小さなことではないかと彼は思っただろう。

しかし彼は日本人の美意識に疎かった。日本人を左程自覚せずに生きてきた。日本人には正邪の区別と同時に醜美の感覚がある。マス添えさんの生き方は醜いと国民は思ったのだ。その醜さの意識が彼の感性に乏しかった。

都知事ならば二度三度の結婚や複数の愛人を囲うことはしない。せこい公費の使い方はしない。日本人はそう思っている。それは醜悪だと思うからバッシングがやまないのだ。「恥を知れ!」とは日本人の決め台詞だが彼には恥の意識は薄いだろう。都民はひどい男を選んだと思うほかない。
都議会がどうやって引導を渡すかそこがポイント。
Posted by 相模 at 2016年06月12日 11:42
相模さん、こんにちは。

>都知事ならば二度三度の結婚や複数の愛人を囲うことはしない。せこい公費の使い方はしない。日本人はそう思っている。それは醜悪だと思うからバッシングがやまないのだ

そのとおりだと思います。違法かどうかの問題を超えているのです。「法に触れなければ何をしたっていいだろう」こういう手合い、開き直りをする人間を、日本人は嫌悪するということです。生理的に無理なんですね。
Posted by 三四郎 at 2016年06月12日 17:03
>相模さん ソロです。
>>都知事ならば二度三度の結婚や複数の愛人を囲うことはしない。せこい公費の使い方はしない
 日本人と云うのは、現世に得た職分や位が如何であろうとも、天が御定めになられた祭祀王スメラミコト以外は、皆、「天皇の赤子」で平等と云う無意識の意識が有るが故に、位を自分自身がドゥ評価しようが、行いは、一般の平民と変わらないレベルで為される。
 
此処が朝鮮人の社会とは著しく違う処である事を、此奴は全く理解して居ない。

 日本においては、逆に、位を極めたものならば、其の職分に応じた高潔さや、慎ましさ、謙虚さを示すべきであると云う日本流の儒学理解を彼は理解すべきであったが、彼には、その意味すら分からないのだろう。 朝鮮には、女癖が悪いだの、公金を横領するだのが、然程悪い事とは扱われていないのであろう。 位人臣を極めれば、其の位によって、蕭々の悪事は、不問に出来ると思って居るザマが丸見えだ。 更に、悪い事はしたが、触法ではないと云う逃げ方は、逐一謝っても、端に、都民を愚弄しているとしか見えない。

 今更、どぅ足掻いて看た処で、馬鹿にされた都民の怒りは解き様が有るまい。 触法なら、問答無用だが、触法でなくとも、是だけ都民に嫌われては元も子もない。 本当に言っている様な反省をしているのなら、周りに迷惑が及ぶ前に辞めるべきで、然すれば、未だ、同情の余地もあったろうに、彼の大きな失敗は、日本人を全く理解して居なかったと云う事である。

 然し、顕かに朝鮮族側である筈の片山善博さえ、味方をしないのだから、切り捨ては決定的だと思っていいだろう。 正に四面楚歌だが、己の不明を恥じるべきダロウ。
Posted by ナポレオン・ソロ at 2016年06月13日 13:26
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