2016年10月07日

想像力の欠如

瀬戸内寂聴という左巻きの老害作家がいる。この人物が死刑制度廃止の「人権擁護大会」に寄せたビデオレターでとんでもない発言をしていた(楽天ニュース/産経)

>日本弁護士連合会(日弁連)が6日、福井市内で開催した死刑制度に関するシンポジウムに、作家で僧侶の瀬戸内寂聴さん(94)がビデオメッセージを寄せ、死刑制度を批判したうえで「殺したがるばかどもと戦ってください」と発言した。会場には全国犯罪被害者の会(あすの会)のメンバーや支援する弁護士らもおり、「被害者の気持ちを踏みにじる言葉だ」と反発した
>日弁連は7日に同市内で開く人権擁護大会で「平成32年までに死刑制度の廃止を目指す」とする宣言案を提出する。この日のシンポジウムでは、国内外の研究者らが死刑の存廃をめぐる国際的潮流について報告。瀬戸内さんのビデオメッセージはプログラムの冒頭と終盤の2回にわたって流された
>この中で瀬戸内さんは「人間が人間の罪を決めることは難しい。日本が(死刑制度を)まだ続けていることは恥ずかしい」と指摘。「人間が人間を殺すことは一番野蛮なこと。みなさん頑張って『殺さない』ってことを大きな声で唱えてください。そして、殺したがるばかどもと戦ってください」と述べた
>瀬戸内さんの発言について、あすの会顧問の岡村勲弁護士は「被害者はみんな加害者に命をもって償ってもらいたいと思っている。そのどこが悪いのか。ばか呼ばわりされるいわれはない」と話した


死刑制度には冤罪被害者を巻き込むリスクもあるが、神ならぬ人間の贖罪行為として必要なものだと俺は思う。しかし反対意見を全否定するつもりもない。ただ反対するなら、殺人という人間として最大の犯罪を償い、同時に被害者とその遺族の無念を晴らし人格・人権を救済する制度を提案するべきだ。

その議論はさておき、この人物は僧侶としても作家としても資質を欠いていると言わざるをえない。会場にもいるであろう無念の気持ちを抱いた被害者に全く寄り添わぬばかりか、その意思を忖度しようとさえしていない。恐るべき想像力の欠如である。老い故のことだとすれば老害ここに極まれりである。

死刑存続論者をばか呼ばわりするなら敢えて言わせてもらう。あなたこそ「人権ばか」だ。
posted by 三四郎 at 16:01| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会・教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
 正に老害と謂う言葉がぴったりの婆さんですね。

 この婆さんこそ、戦後利得者の代表で、左翼系マスコミの先棒を担いで、日本女性のモラルを貶めた人だと私は思っています。

 この婆さんが僧籍に入ると聞いた時、セ○クスパートナーが亡くなったんだなと思いましたが、源氏物語を口語訳する等、未だ、衰えていない様な節が見えて、ゾッとしました。(嗤)

 どうでもいいが、早めに話題にするのは止めてもらいたいものです。
Posted by ナポレオン・ソロ at 2016年10月11日 11:35
ソロさん、こんばんは。

私はこの人からは「生臭さ」「妄執」を感じこそすれ、僧籍にある者としての威厳や徳といったものを一切感じたことはありません。やはりこの言動レベルの人間だったということです。
Posted by 三四郎 at 2016年10月16日 18:29
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