2017年10月29日

既視情景

総選挙が終わって一週間たつ。安倍自民党が野党・マスゴミ一体となった「モリカケ」のネガキャンにも拘わらず、ほぼ現有勢力を維持したことは想定内ながらまず完勝といっていい。

そんな中、この一週間の野党、とりわけ希望の党における「総括」ほど見苦しく浅ましい見ものはかつて無かった。

小池新党「希望の党」がボロ負けした理由は多々あるだろうが、マスゴミは小池氏の「排除の論理」をその主たる理由に挙げ、小池氏自身も「言葉がきつかったかもしれない」と釈明している。

しかしそれは事態を矮小化して本質から目を逸らしているというものだ。希望の党の失速は「小池発言」や「排除の論理」ではない。政界無能集団の代名詞である民進党の議員が大挙して押し寄せ、新党が彼らの隠れ蓑に成り下がったことを国民は良く理解していたというところではないか。

そもそもある政党に参加、合流する以上、理念が一致し政策に合意できることが大前提だ。政治の世界ばかりではない。事業であれ趣味の世界であれ、人間が徒党を組むときは少なくとも考え方や行動規範などのベクトルが一致していなければならない。

ところがこの当たり前のことが民進党出身者にはわからないらしい。もともと民進党はよく言って「寄り合い所帯」の「選挙互助会」である。「当選すること」「議員であること」が価値の基本にある。だから理念も政策もヘチマもない。従ってまともな政策提言ができず政権批判しかでてこない。

そういう連中が「踏み絵」を踏まされてとはいえ、小池人気にあやかろうと納得づくで希望の党に「希望をもって」合流したはずだ。

ところが結果は周知のとおり惨敗といっていい。

そして自ら勝手に押しかけ合流しておきながら、悪い結果となるや手の平を返し、自らの無能は棚に上げて反省もせず、小池氏や前原氏を猛批判して責任追及、果ては「辞任」を迫る輩も出ているという。

小池・前原に理解を寄せる気はさらさらないが、一抹の同情の念を覚える。まさに「軒を貸して母屋を取られる」の例え通り、旧民進党議員はひたすら責任転嫁と被害者コスプレに徹している。

そしてこれは巨視的に見ればどこか既視感が漂う。

支配層が統治能力を欠き事大主義に走って併合を望み、近隣の強国の中から日本に擦り寄って「日本国民」となり、日本国内で糊口をしのぎながら日本が敗戦の憂き目を見るや手のひら返しで反日行動。そのくせ母国には帰らずに居座り、「被害者コスプレ」を続けて日本社会に澱となっていき続ける。

まさに朝鮮半島人のメンタリティそのものではないか。

今回の選挙、何も変わらないという向きもあるが、無能野党が分散瓦解し、確信犯的な似非リベラルが「立憲民主党」という形で炙り出され、国民にとって政界が分かりやすくなったという意義はある。今後、「半島的なもの」はより嫌悪され忌避されていくだろう。それは日本が正常な国家になる証である。
posted by 三四郎 at 08:04| 千葉 ☔| Comment(2) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
>三四郎さん、お仕事忙しそうですね、お疲れ様です。
>>無能集団の代名詞である民進党の議員が大挙して押し寄せ、新党が彼らの隠れ蓑に成り下がったことを国民は良く理解していた
 元はと言えば、前原が突然言いだした「解党宣言」に等しい、「希望の党合流」だったわけだが、是は通常国会終了後直ぐに「蓮舫降ろし」を始めた民進党内に、「民進党の看板では、選挙は戦えない」と言う雰囲気が充満していたからだろう。 前原が新党首になって、マスコミ関係者から、「実は、民進党に支持率は、4%処か、その半分もない」事を聞かされて、是では選挙で惨敗が見えて居るから、離党者が相次ぐのは止められない。 と判断して

 前原が両院総会の時に、提案のつもりで「希望の党合流」も選択肢、と案を上げた処、「細野が既に入って居るし、後藤や階も入党したと聞く、何故我々も入れてくれないのか」と言う話が飛び出して、前原が「小池さんとは知己だから、交渉して看る」と言う話になったのではないか。

 この時点で、「看板を着け換えたダケで、自分の評価が大きく変わる」と言う発想を多くの議員が持って居ると言う事に驚く。 正に無能集団、日本の政治にこういう集団は不要である。 一人1億ですから、110億円の税金の無駄であった。 

 此処で、何故嘗ての自民党の様に、党と一蓮托生で・・とは考えられないのか? 愛党精神の欠片もない事が丸分りだ。「猿は木から落ちても猿だが、議員は落ちたら唯の人」と言う俚諺のままで、正に、国会議員と言う利権に、形振り構わず縋り着いている、醜い姿しか見せて居ない事に何故気付けないのだろう。 選挙民が是に酔い評価を与える筈がない。 惨敗したのは自分の所為である事は間違いないじじつ。 「排除の論理」は、小池が自分の描いたシナリオ通りに動かなかった事に焦れて、上手く行かなかった責任を擦り付ける意図でいった事、小池は其処で「反省」等する事はないのである。

 然し、党首討論会での発言は酷かった。 あれで、彼女は唯のタレントで、政治家としての資質すら希薄なのだと言う現実がバレて終った、彼女の失速の原因は寧ろ、こちらであると思う。

>>まさに朝鮮半島人のメンタリティそのもの
 ↑の傾向は、今や政界ダケで無く、法曹界、芸能界、報道界、言論・出版界・・に言えることで、半島人の日本侵略が進んで居ます。

 是は、日本人一般が、分業制度の敷衍である。士農工商で、社会を構成して来たから、政治や法曹と言った、士分がになって居た分野に関する事には、それ程なりたがらない、と言う点、芸能界は「河原乞食」のする賤業であるとの、昔ながらの認識が潜在して居るから、是もなり手が少ない。事実何れも、おいそれとなれる職業では無い。是に、プロスポーツまで含めて、在日朝鮮人の子弟の目標とされたのでしょうね。

 例外は報道や出版・言論だが、此方は、メディア株を買い占めて、在日優先枠を設けさせれば、20年もすれば放送局は在日だらけになる、と考えたのでしょう。 

 その証拠は、今回のマスコミのやり方、反安倍への拘り方に現れて居ると言って良いでしょう。

 ネタがバレた感のあるマスコミですが、TVも新聞も凋落の一途を辿って居る上、「フェイクニュースではないか」と言う視聴者の視点が加わった事で、嘘がすぐにバレる、隠蔽がしにくい等やり辛くなって居る上、電波料オークションでも現実化したら、倒産の憂き目に遭う事は必定、愉しみですねwww
Posted by ナポレオン・ソロ at 2017年10月29日 09:06
ソロさん、おはようございます。

今回の選挙を通して改めて日本のマスコミの偏向ぶりを確認した気がします。

考えてみれば、記事や番組は人間が製作するものですから完全に中立、公平なんてありえない話です。それを誤魔化して「不偏不党」を謳い、あたかも国民の耳目であるかのように振る舞いつつ「自らの正義」を主張するところが実に罪深いのだと思います。

そのことをレガシーメディアに染まっていない10〜20代の若年層はきちんと見抜いていると感じました。それが年代別の安倍政権支持率に現れたのだと思います。

立民党の誕生によって似非リベラル集団が一層明確になり淘汰しやすくなったことも含め、意義深い選挙ではありました。
Posted by 三四郎 at 2017年11月05日 07:15
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