2012年03月31日

何か感じる違和感

お笑い芸人の猫ひろしがカンボジア国籍を取得して、同国のマラソン代表選手として、ロンドン五輪に出場する事に対し、賛否両論が興っているという(読売電子版)

カンボジア国籍を取得してロンドン五輪を目指していたお笑い芸人の猫ひろし(本名・滝崎邦明)さん(34)が男子マラソンの同国代表に選ばれた
>これに対し、「国籍を変えてまで出場するのはカンボジアの選手に失礼」「両国の懸け橋になって」など様々な意見が出ている。国の誇りを背負う五輪選手の重責を果たせるのか――
>「世界記録を出すつもりでロンドンを走りたい」。3月26日、代表決定を受けて東京・墨田区で記者会見した猫さんは、緊張で手を震わせながら決意を語った。普段は「猫魂」の文字が入った赤いTシャツ姿が多いが、この日はスーツにネクタイ。国籍変更での出場に批判があることについて「厳しい意見があることはわかっている。やると決めたので最後までやり遂げたい」と語った
>ネット上では、「芸能人がふざけて五輪に出るのは真剣に競技に打ち込んでいる選手に失礼」「目立ちたいだけではないのか」といった批判が目立つ
>カンボジアを支援するチャリティーマラソンを企画するなど交流を深めてきた元五輪銀メダリストの有森裕子さん(45)も読売新聞の取材に「日本人に代表を譲る若い選手の心中を思うと悔しい」と涙声で訴えた。猫さんと五輪代表枠を争ったヘム・ブンティン選手(26)を日本の大会に招待したこともある有森さん。「貧弱な練習環境の中で選手たちは力をつけてきている。現地の選手に出てほしい
>これに対し、日本陸上競技連盟理事の瀬古利彦さん(55)は、「実力で勝ち取った代表で評価したい。両国の懸け橋になってほしい」と期待する


本人はふざけているつもりはないだろう。相当の練習も必要なことだ。ハレーションもあることを理解しているようだから、単なる売名やお茶らけだけでしているとも思えない。

しかしそれでも俺は何か違和感を感じずにはいられない。記事中の有森氏の言うように、カンボジアの若い選手にとっては悔しさが残らないはずはない。「実力で勝ち取った」というが、五輪陸上では、全種目で参加標準記録に届く選手がいなかった場合、男女1人ずつがいずれかの種目に出場できる特例があるとされ、猫ひろしはこれに該当するらしい。

とすれば、自己ベストを叩きだしたとはいえ、標準記録にも及ばなかったわけで、結果的にカンボジア選手の機会を奪ってしまったことは否めないだろう。カンボジアの一般人はこれをどう感じるだろうか。誰であれどこの国の人間であれ、カンボジア選手が切磋琢磨して努力している横から割り込み、ちゃっかり国籍まで取得して代表の座をさらっていったと受け止められても仕方ないし、それは決していい印象ではない。それでは「両国の懸け橋になる」どころか、日本のイメージダウンに逆貢献してしまわないか。

タレントとして何の関心もないが、カンボジア人である前に日本人であるという自覚を持って、自己中心的な思いだけで行動するのは慎んでほしいと切望するだけだ。
posted by 三四郎 at 18:48| 千葉 🌁| Comment(8) | TrackBack(0) | スポーツ・エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月08日

騒ぎすぎ

芸能ニュースはほとんど興味が無い。しかしこのところ連日TVをつければ目や耳に飛び込んでくるニュースがある。オセロ某という女芸人と怪しげな「女占い師」という人物の関わり、「マインドコントロール」や「マンション退去」の顛末である。

たかが一芸人の私生活にそれほどのニュース価値があるものか。公共の電波を使い世間を騒がせる必要性がどこにあるのか、どうしても俺には理解できない。まあ芸能界は特殊な価値観があり、劣化マスゴミも白痴化した国民受けするニュースを垂れ流すのはどうしようもないことだとは諦めている。

しかし芸能人でもこれを苦々しく感じている人はいるようである(サンスポ電子版/goo)

>歌手の宇崎竜童(66)が6日、東京・南青山のブルーノート東京で行われたサッポロビールの人気飲料「サッポロ ドラフトワン」の新CM発表会に出席した
>先月16日発売の「週刊文春」で、お笑いコンビ、オセロの中島知子(40)の“洗脳騒動”の渦中にある自称占い師の女性(43)が、宇崎、阿木耀子(66)夫妻とX JAPANのYOSHIKIと4人で欧州をドライブ旅行したと公言していたと報じられたことに、「根も葉もない話。会ったこともない。何で名前出したのか分からない。(一連の報道は)無視だね」とブチ切れた
>また、YOSHIKIとも面識がないといい、中島が占い師と住んでいた自宅マンションから“保護”されたことには、「会ったこともない人だからね。帰れてよかったですね」と無関係であることを強調。「騒ぎすぎじゃないですか」と斬り捨てた


宇崎氏当人が巻き込まれたことに対する憤り感があるとはいえ、「騒ぎすぎ」、まさにこれほどこの一件に対する芸能界、マスゴミの浮かれ状況を言い得た言葉は無い。いやなら見なけりゃいいだけのことではあるが、どの局もこの「報道」に少なからぬ時間を毎日割いている。累積にすればどれほどになるか知れない。

混迷する内外の政治経済につき、少しでも広くかつ掘り下げた報道をおこなうことこそメディアの存在価値であろうに、面白おかしく追い回し、いろいろな立場の人間がしたり顔でコメントする。この状況はメディアや国民の劣化もさることながら、不況と大災害に倦んだ国民の「ええじゃないか」的狂騒現象の一端ではあるまいかと考えるこのごろである。
posted by 三四郎 at 01:00| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | スポーツ・エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

こいつは春から

サッカー日本女子代表の澤選手が世界最優秀選手に、そして佐々木監督も最優秀監督に選ばれたが、澤選手の得票率は実に30%に迫るものだったらしい(読売電子版)

>国際サッカー連盟(FIFA)が9日発表した2011年の年間表彰では、昨夏の女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で優勝した日本女子代表(なでしこジャパン)の活躍に、改めて光が当てられた
>女子世界最優秀選手に主将のMF沢穂希(33)(INAC)、女子チーム最優秀監督には佐々木則夫監督(53)が選ばれた。W杯で最優秀選手と得点王に輝いた沢は、前回まで5年連続受賞のブラジル代表のマルタと、米国代表FWワンバックらを抑えての受賞。選考は、各国女子代表チームの監督と主将、記者の投票によるもので、沢の得票率は、全体の28・51%。4位はMF宮間あや(岡山湯郷)の12・18%で、3位ワンバックの13・26%とはわずか1・08ポイント差だった。日本サッカー協会は、東日本大震災への復興支援などが評価され、フェアプレー賞を獲得した

まさに「こいつは春から縁起がいい」というやつだろう。アジア人の男女通して初の快挙は、昨年の実績を見れば当然と思いつつ、やはり今の日本を力づける朗報に違いない。

誰も顧みない時代を黙々と耐え忍び勝ち取った栄冠である。頑張ればいつか陽のあたる時もある。今の日本のとりわけ若い世代の人々にとり、一つの松明の火というべき価値がある。

おめでとう。そして頑張れ、日本の若者よ。
posted by 三四郎 at 00:08| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ・エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月29日

メディアが日本を駄目にする

TVや新聞など大手メディアが「マスゴミ」と揶揄されるようになって久しい。あからさまな「韓流推し」や一連の震災・原発報道にみるような、良識や取材力の低下がもたらしているとしか思えない偏向報道や番組作りが横行している。大衆受けする「情報商品」の乱造によって日本国民を白痴化しているというしかないこのごろである。

そんな中、暮れも押し迫ってまたぞろ、信じ難い愚行が催されるようだ。女子サッカー日本代表・なでしこジャパンのメンバーが大事な試合を前にして大晦日のNHK・紅白歌合戦に出演するという(日刊スポーツ電子版)

>INAC神戸のMF沢穂希(33)らなでしこジャパンメンバー7人が28日、31日のNHK紅白歌合戦に出演することが決定した。翌日の来年1月1日の全日本女子選手権決勝(東京・国立競技場)進出を決めており、試合前夜にイベント出演するのは極めて異例。当日は午後7時15分の開会宣言を行う予定
>試合前日の出演決定に、日本サッカー協会広報も驚いた。「VTRではないんですよね。佐々木監督の出演は把握しているのですが…」。代表活動中ではあり得ない事態に戸惑いを隠せなかった


NHKにしてみれば「開会宣言」だけで影響は無い、とでも言いたいのだろうか。今年もっとも話題を集めた「時の人」であるだけに「花を添えたい」と番組製作者なら思うだろうが、翌日試合を、それも全日本の決勝戦という重大な試合を控えたプロ選手を引き出す行為にどんな正当性があるのだろうか。

このような判断をメンバー個人レベルで行えるはずがない。協会も把握していないとすれば、そのガードの甘さにも問題があるが、基本的にはNHKが大手の看板を背景にしたゴリ押しと見るべきではないか。

そうでなくとも来年はロンドン五輪を控えて多くの試合をこなし、経験と技術を磨いていく重要な時期のはずである。WC優勝以降、いかに女子サッカーの認知度を上げる効果を期待しているにせよ、少しメディア露出が過ぎるのではないかとかねて思っていただけに、今回の「紅白出演」はオファー自体が非常識に感じる。

こうしてあたら優秀な選手、チームを本業から引き離し、駄目にしていくのではないかと思うのは考え過ぎだろうか。プロスポーツも人気商売、これぐらいファンサービスと心得るべきという考えもあろう。しかしようやく黎明期にある日本女子サッカーが世界の舞台でさらに活躍しようという時期であることを思えば、本業で魅せることを後押しすることこそ、メディアの役目ではないか。「国民的番組だから出演して当然」と考えているとすれば傲慢この上ない。
posted by 三四郎 at 19:36| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(1) | スポーツ・エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月19日

神様のいたずら

実に世の中は分からないものである。40数年前の日本の流行歌が米国人の耳に留まり、ジャズとのコラボによって再生し、ジャズの故郷で一位の座を獲得してしまったという(産経電子版/goo)

>歌手の由紀さおり(63)が米ジャズオーケストラと共演し、往年の日本のヒット曲を歌った新作アルバムが、米ネット配信のジャズ部門で1位にランクされ、話題を集めている。収録曲のほとんどを日本語で歌ったCDが国外で注目されるのは異例で、「1963年の坂本九の『SUKIYAKI』以来の快挙」との声も上がっている
>アルバムは、日本で10月12日にリリースされた「1969」(EMIミュージック・ジャパン、3千円)。由紀が米オレゴン州ポートランドのジャズオーケストラ「ピンク・マルティーニ」と共演し、昭和44(1969)年の大ヒット曲「夜明けのスキャット」のほか、いしだあゆみ(63)の「ブルー・ライト・ヨコハマ」のカバー曲などを歌っている。12曲のうち11曲が日本語で、20カ国以上での発売を予定している
>事務所などによると、今月から欧米で発売されたが、米アップルの音楽配信サイト「アイチューンズ・ストア」では2日のジャズ部門でいきなり1位に躍り出た。米ビルボードの19日付ジャズ・アルバムチャートでも初登場5位。さらに、カナダのアイチューンズワールドミュージックチャートで1位など、各国のランキングで軒並み上位にランクインしている
>日本人歌手では、1963(昭和38)年に坂本九の「上を向いて歩こう」が「SUKIYAKI」の題名で米ビルボード3週連続1位になったが、今回のヒットはそれを彷彿とさせる快挙だ
>「とにかくびっくり。神様のいたずらとでもいいましょうか、すばらしい出会いをいただき、歌い続けてきて本当によかった」と由紀本人も驚いた様子で話す
>共演のきっかけは、ピンク・マルティーニのリーダー、トーマス・ローダーデイルが数年前、地元の中古レコード店で昭和44年に発売された由紀のレコードを見つけ、透明感ある歌声にひかれたことだった。本作を企画制作した音楽プロデューサーの佐藤剛さん(59)は「アルバムのテーマの1969年は、世界中で新しい音楽が生まれ輝いていた年であり、それらをリアルタイムで吸収し、日本流に消化して独自の表現を目指したのが歌謡曲。サウンドやテイストはザ・ビートルズやサイモン&ガーファンクルなど当時の世界的なアーティストとつながっており、それで今の海外のリスナーも親近感を覚えるのでは」と話す
>由紀は一昨年、デビュー40周年を迎えた
>「もう一度、日本の歌謡曲という自分の原点に戻りたいとチャレンジしてきました。歌謡曲が世界で認められた気がします


由紀さおりといえば歌唱力には定評があり、「夜明けのスキャット」のようなムード歌謡だけでなく、姉・安田祥子とのデュエットによる日本の童謡や唱歌は幅広い世代に好評を博した。しかし昭和の終焉とともにメディアへの露出度も減り、最近はほとんど忘れかけていた歌手ではなかったか。あるいはそれは、フラットで無機的、陽気で幼い「平成」という時代の流れに押しやられた「昭和の残像」かもしれない。

その往年の名歌手が米国で、しかもジャズ部門という言わば「国技」というべきジャンルで堂々たる高評価を受けている。「本当にいいものは普遍的」と言ってしまえばそれまでだが、また同時に日本のソフトパワーを我々自身きちんと自己評価し、安での海外ソフトで利潤を得るようなビジネスモデルを再考すべきと思わせるものがある。

さらに歌詞のほとんどが日本語であるというあたり、日本のソフト文化に対する一定のリスペクトがあることのあかしであろう。また意図的なプロモーションによる「人気の創出」ではなく、偶然米国人ミュージシャンの心の琴線に触れたという「原点」も、韓流演出に食傷気味の俺には何がしかホッとさせられるものがある。平成に入っていよいよコンテンツの使い捨てが加速しているような感覚を覚えていただけに、考えさせられることも多い。

歳がばれるが、このオリジナル曲は小学校低学年だった俺はリアルタイムで聴いている。そのころは歌に込められた情感や機微など理解できるはずもなかったが、透明感のある歌声は長く耳に残ったものだ。そして長じてからこの人の歌う唱歌に癒された時期もある。まだジャズバージョンは聴いていないが近々是非とも聴きたいものだ。
posted by 三四郎 at 15:13| 千葉 ☔| Comment(4) | TrackBack(3) | スポーツ・エンタメ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする