2017年03月11日

黙祷

東日本大震災から今日でまる6年になる。決して短くない歳月だが、未だ2500人余の行方不明者がおり、12万人余り日常を取り戻せないでいるという。東北の地の完全復興はまだまだ遠い。

しかし日本国を俯瞰してみれば、東西南北が大混乱の国際情勢の中にあって、非常に安定し着実に発展、復興の歩みを続けていると感じる。震災当時の政権党は混乱の中で指導力を発揮できず被害を拡大させていた。それが野党第一党である今は、ただただ国会を混乱させている。結局彼らには国家を建設し運営する力がないことを見せつけている。

この6年間、良識の日本国民は何が本当で何が嘘かを見分ける力を付けてきたように思う。誰かのせいにせず黙々と持ち場を守りなすべきことをなすという、当たり前のことを続けていけばこの先も国が揺らぐことはない。今はただ黙祷するのみ。
posted by 三四郎 at 17:47| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月01日

謹賀新年

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あけましておめでとうございます

皆様には恙なく新年をお迎えのこととお慶び申し上げます

旧年中は拙ブログにご訪問いただき誠にありがとうございました。今年も気力の続く限り駄文を認めて参る所存でございますので、なにとぞよろしくお願い申し上げます。

混沌とした国際情勢の渦中にあって我が日本は幸い安定路線を歩んでおります。しかしながら近隣の反日国はいずれも内政が不安定で、いつどのような形で日本に悪しき災厄を及ぼさぬとも限りません。加えて今年はまもなく超大国の指導者が変わり、行く末が見えにくくなっております。

私事では、二人の子供は何とか社会に送り出し、ほっとしたのもつかの間、自分が定年秒読み世代になってしまいます。第二の人生をどう生きるか、否が応でも考えざるを得なくなりました。

公私ともに先の見えない時代になってきましたが、とにもかくにも前を向いて歩くのみと考えております。

今年も宜しくお願い致します。
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2016年04月01日

一里塚の日

ナイトパネルのアラーム音で目が覚めた。F市駅前のビジネスホテル。夕べ出張先の同僚と遅くまで飲んだ名残りで重い体を起こす。

平成28年4月1日。

ぼんやりと日付を見つめてあることを思い出した。今日は社会人となった次男が初出勤する日だ。遠く離れて何も言葉をかけてやれないことに少しもどかしさを感じ、少し考えてメールを送ることにした。

といって普段会話が多いわけで無し、あまり改まったメールを送っても次男も戸惑うだけだろう。返事だって期待できない。ただ今の親としての気持ちだけ送ることにしてスマホを手に取った。

『初出勤だね。緊張するだろうけど、まず頑張ってきなさい。いつも応援しているから』

「まぁ、こんなとこか」とひとりで頷きながら送信ボタンを押し、顔を洗いにバスルームに入った。

平成5年の秋のある日、残業の後で帰宅したときはもう夜の11時を回っていた。そのころ私は千葉県某市のアパートで妻と1歳の長男と暮らしていた。妻は二人目の子を妊娠し臨月を迎えていたが、今日明日という状態ではなかったから、帰宅した部屋が真っ暗だったことに違和感と胸騒ぎを覚えた。

『生まれそうなので病院にいってきます』

簡単なメモ1枚だけがテーブルの上にあった。急いで車に乗り病院に駆け付けた。もう日付が変わっていた。

既に次男は無事生まれていた。長男の時は13時間に及ぶ難産だったが、今回はあっという間だったらしい。無事の誕生を喜びつつも、どこかあっけらかんとした空気が妻にも私にもあったのを覚えている。

よく下の子は要領がいいというが、次男もそういうところはあった。年子の兄はそこそこ勉強もできてそれなりに友達から一目置かれたところがあったが、次男はそういう兄と張り合うでもなく、しかし兄の「権威」「犠牲」をちゃっかり利用するところがあった。

何かにつけて長男の言動を観察し、その後を追うように行動したので大きな失敗はしなかった。次男はよく泣く子だったが、親として強く叱った記憶はない。それが長男には気に入らなかったのかもしれない。二人が幼いころから長男は次男にきつく当たった。

しかし何かにつけうまくできる長男に、次男はコンプレックスを持っていたかもしれない。小学校、中学校と二人には書道と剣道を習わせた。長男は書道五段、剣道初段までとった。次男はなかなかそれに及ばなかった。

特に闘争心や対抗心が弱く、よく言えば優しい性格のためか、剣道はなかなか上達せず、道場の先生から「見込みがない」とあからさまに言われ、先輩からは随分といじめられた。

中学二年の夏だったか、剣道の昇格試験があった。翌年は高校受験に集中しなければならないし、その後はおそらく剣道を続けないだろうと思い、乗り気でない本人を促して一級試験に臨ませた。「剣道をやった証くらい持っておけ」、というわけだ。

防具をつけるのもぎごちなく、型も試合も頼りなげだった。ひととおり終わった後「おれはもうダメだよ」といって、哀れなほどにしょげかえっていた。

しかし結果は合格。手の平を返したような喜色満面の顔を今も覚えている。

高校は妻が「いじめが少ないから」といって都内の某私立高校に進んだ。このころ私は子会社出向になっており、仕事も忙しくほとんど構ってやれなかった。

確かに陰湿ないじめはなかったが、別のことで悩んでいたらしい。学力別のクラス分けがあり、簡単に言えば三段階の学力別編成なのだが、次男はNo2、No3、No1と毎学年違うクラスに入れられた。

三年生でNo1になったのなら喜ぶべきことのはずだが、たまたま選別判定の対象になった試験の点数が良かっただけで、本人的には実力とは思っていなかったらしい。そういう不安や引け目もあったのだろう、三年生ではほとんど友人らしい友人もできなかったという。

特にやりたいこともなかったのか、漠然と文系コースを択んでいたが、大学受験は希望大学のどれにも受からず、結局、某私大の理工学部と別の私大の経済学部の2つだけに受かった。文系を択んだが特に好きなわけでもなく、多少はレベルの高い方の大学で頑張ってみるということで理工学部の都市工学系に進むことにした。

妻は次男の性格に今一つ頼りなさを感じたのか、将来につながる資格をとっておけと教職課程を強く勧めた。私はただでさえ理工系は忙しいのに教職までは無理なんじゃないか、といったが次男は何か思うところがあったのか教職課程を取った。

しかし4年間の大学生活は次男にとって濃厚で充実したものだったようだ。サークルではスキー部に入った。私は「学費は出すがサークルは遊びだ。スキー道具や旅費は自分で稼げ」といって突き放した。次男は自らバイト先を探し、あるコーヒーチェーン店に決めてきた。

週に2、3日バイトし、冬休みはスキーの練習を兼ねてスキー場の民宿に住み込み、その手伝いや周辺の居酒屋でもバイトをしながら二年目の冬にスキー指導員二級の資格を取った。

3年になると専門科目も増えゼミも忙しく、大学や近くに下宿する友達の家によく外泊した。教職の単位も確保しなければならず、休日など朝から夕方まで寝入っていたことも多かった。どこまで続くのか、いつか体を壊すか心が折れるかするんじゃないかと心配したが、気づいたら4年生になっていた。

就活の後ろ倒しによって学生や企業が混乱する中、次男は自分と世間を落ち着いて見るようになっていた。

次男が大学生になった平成24年、政権交代によって世の中の雰囲気が変わり、景気は少しづつ上向いていった。震災復興需要や東京五輪開催決定もあり、次男が学ぶ都市工学系にも明るさが蘇り、就活も売り手市場に傾いていた。

そんな中で次男は「練習のため」といって大手警備会社やメーカー系列会社を訪問したり一次面接に出向いた。中堅の土木設計事務所にインターンシップとして参加もしたが、結局自ら選んだのはある都市インフラ設備のメーカーだった。その業界はかなり寡占状態で、隠れた安定企業という評判もある。いつしかそんな情報分析もしていたらしい。

「知らない間に大人になった」― それなりに子供を見つめていたつもりだったが、人というものの内面は計り知れない速さと深さで変化するものらしい。親として頼もしくもあり寂しくもある。

顔を洗って寝ぼけた頭もいくらか冴えてきた。着替えを済ませホテルをチェックアウトする。駅に向かい歩き始めたら上着のポケットに入れたスマホが震えた。次男からメールが来ていた。

『ありがとう。行ってきます』

曇り空ながら風は暖かい。そういえばニュースでは東京の桜が満開だといっていた。
posted by 三四郎 at 19:34| 千葉 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

皆様方には恙なく新たな年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

昨年中は弊ブログにお運び下さり誠にありがとうございました。

今年は私の記憶に間違いがなければ、この7月でブログ開設満10年になります。goo 時代の当初は身辺の日記に折々の話題を混ぜるといった内容でしたが、いつしか時事問題それも反日勢力批判中心の、一端の「保守ブログ」の色合いになっていました。

goo のころに比べればサイト訪問者数も桁違いに減りましたが、それでも訪れてくださる常連の方々にはただただ感謝するばかりです。

今年は次男も社会人となり、親の役目に一区切りがつきます。一方で老親の問題は日々心配の種になっております。

しかし親としての務めも子としての役割も、日本という国、社会が安寧で盤石であればこそ尽くすことができるわけですから、その日本が貶められぬよう、またおかしな方向にいかぬよう、今年もまた微力ながら意見を発信していきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
posted by 三四郎 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(4) | TrackBack(3) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月01日

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
皆様にはつつがなく新年を迎えられ、穏やかな元旦をお過ごしのこととお慶び申し上げます。

政治関係を中心に時事ネタを扱っている弊ブログですが、今年で9年目を迎えます。大したことを書いているわけではありませんが、細々とながら続けてこられたのもお付き合いいただいている皆様がいらっしゃればこそとありがたく感じております。

安部政権も今年がいろいろな意味で正念場、改革の成果を問われるでしょう。経済の復活無くして憲法改正も強い外交も空念仏で終わるしかありません。優先順位を慎重に考えて政治を進めてほしいと思いますが、同時に、朝日新聞等反日左翼により毀損されてきた日本の名誉を取り戻す動きも具体的に実行してほしいと思います。

今年も弊ブログをよろしくお願い申し上げます。
posted by 三四郎 at 00:00| 千葉 ☀| Comment(6) | TrackBack(7) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする