2014年01月01日

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

皆さまには穏やかなお正月をお迎えのことと存じます。

旧年中は弊ブログをお引立ていただき誠にありがとうございました。

旧年は、思えば民主党亡国政権が倒れ、まさに瀕死の日本を安倍政権が救ってきた一年かと感じています。その集大成が年末の靖国神社参拝でした。今年は政経両面で安倍政権の正念場であり、その真価が問われることになるでしょう。管理人としても一勤労国民の立場からこの時代を見守り、かつ生き抜いていきたいと思います。

相変わらず愚痴の延長のような駄文になりますが、今年も引き続きよろしくお願い申しあげます。
posted by 三四郎 at 01:00| 千葉 ☀| Comment(6) | TrackBack(6) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月22日

紐育彷徨

どうも。管理人です。

まあ一週間いないだけで仕事が山のように溜まっておりました。溜まると利息がつくのは借金と同じですな。

で、気を取り直してと。

■ニューヨーク
シカゴからニューヨークまではアメリカン航空の国内便で移動しました。シカゴ・オヘア空港からNYラガーディア空港までは概ね2時間程度ですから、東京から鹿児島くらいでしょうか。日本ならえらい遠い感じですが、シカゴ-NY間ですとそんなに遠くも感じません。やはり米国は広いですね。

思えば午前中はシカゴでフィールド博物館を見物して街をふらつき、NYに到着したのは現地時間で19時を回っていました。とりあえず夕食をとろうと街を歩きますと前方にライトアップされたロックフェラーセンターが見えてきました。改めてNYにいる実感がわいてきます。

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<電飾の摩天楼>

翌日、何件かの顧客訪問をこなしますが、いずれもNY市内ではなくペンシルベニア州フィラデルフィアと隣接したデラウェア州にありますので、早朝5:30に起きてアムトラックでの移動になりました。

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<NY Penn Station>

朝食もとらず、デリで用意したサンドウィッチを手にあたふたと乗車します。行き先はPhiladelphia 30th street駅です。

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<発車するアムトラック>

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<Philadelphia 30th Street 駅>

通勤時間帯の駅は人の往来が激しかったです。さて駅からの移動はチャーターバスでこれは楽でした。途中は特にめずらしい風景にも出会わなかったのですが、途中通過した橋がとても美しく、晴天に映えていたので思わずシャッターを押しました。この橋の名は、・・ズボラなもので調べていませんw。


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<橋のある風景>

企業訪問の間の移動はさして面白みのあるものではなく、未だ抜けない時差ぼけ(慢性?)でバスの中ではほとんど寝ていました。一応街中の風景をひとつ。

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<フィラデルフィア点景>

いきなり翌日に移りますが、この日の企業訪問は全てNY市内でしたので昼食は通り道のチャイナタウンでとりました。何でも近来チャイナタウンの人口増加が著しく、近隣のリトルイタリーを侵食して見る影もない有様とか。実際街の中の様子は香港あたりと見まがう漢字の看板で溢れており、英語も理解できない中国系移民が多いらしく、往来でもマンダリンや広東語と思しき言葉ばかりが行きかっておりました。げに恐ろしき繁殖力です。

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<チャイナタウンの雰囲気>

余談ですが、シカゴ在住の韓国人・韓国系米国人は15万人、日系は9千人余りだそうです。中国系は聞いていません。聞く気も失せていますw。

この日、空き時間にチェルシーマーケットをほっつき歩いて義理で会社への土産のお菓子を物色しました。

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<チェルシーマーケット>

チェルシーマーケットはミッドタウンのやや南寄り、ハドソン川にほど近いところにあり、元々倉庫か何かだったようです。

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<チェルシーマーケット内点景>

義理の買い物を終えた後は外に出てハイラインを散策して見ました。ハイラインは昔の高架鉄道の跡を緑地公園化した施設です。

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<ハイライン遠景>

きれいに遊歩道となっており、夕方の人の往来がさかんでした。

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<ハイライン遊歩道>

今にも降り出しそうな厚い雲の切れ目から陽光がハドソン川を照らします。

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<ハイラインから望むハドソン川夕景>

ハイラインから見る街並みも古いレンガ造りの建物が並び、古き良き米国を見せてくれます。

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<ハイラインからの街並み>

一方で遊歩道側には廃屋化した昔の施設が残っています。

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<廃屋点景>

さて宿に帰ろうとした時、先ほど来の怪しい雲がとうとう篠突くような雨を降らせ始め、アーケードに逃げ込みました。

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<驟雨点景>

結局20〜30分ほど雨宿りしてからヘラルドスクエアの名物デパート、MACYSに行ってみました。特に買い物をする気はなかったのですが、なにしろ「でかい」デパートだということ、それから世にも珍しい木製のエスカレータが現役で動いていると聞いていましたので是非見てみたいと思った次第です。建築設備屋の性でしょうかw。

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<MACYS入口>

いやいや広すぎてどこに何を売っているのかわけがわかりませんw。人にも酔ったしw、木製エスカレータだけでも体験したいと思って3Fあたりまでくるとありました。カタカタと玩具のように動いています。踏み面は摩耗していますがそれがまた何とも使い込まれたいい味を出しています。ある種の神々しささえ感じさせてくれます。

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<木製エスカレータ>

さて翌日はいよいよ米国最終日、15時までは完全にフリーです。NYに来た時から世界三大美術館のひとつ、メトロポリタン美術館だけは行きたいと思っていました。「三大」はここのほか、パリのルーブルとロシアのエルミタージュと言われていますが、ロンドンの大英博物館を充てる文献もあります。それなら以前欧州出張の時2つを制覇していますから今回MPを訪ねればクリアですw。

当日は土曜日で往来を行き交う人も少ない午前9時過ぎ、地下鉄にのるためと駅そのものの雰囲気を味わうためにグランドセントラル駅に向かいました。

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<グランドセントラル駅正面>

中に足を踏み入れると高い天井の空間に英語のアナウンスが反響し、自分が異国の地にいることを実感させられます。しばらく佇んでいると何かとてつもない旅愁を感じます。

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<グランドセントラル駅内>

ふと天井を見上げれば黄道12宮の星座が描かれ、不思議な浮揚感さえ感じてきます。

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<天蓋の星座たち>

我に返り、地下鉄駅を目指します。休日の朝のせいでしょう、人影はみられません。

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<地下鉄駅への通路>

メトロカードを自販機で購入し、目的のホームを探します。

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<たぶんここでしょう>

何とか地下鉄にも乗れ、MP美術館最寄りの86丁目駅で降ります。土曜日の午前中のアッパーイーストサイドの街並は実に静かで穏やかなものでした。

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<土曜の朝の東84丁目通り>

さてほどなくメトロポリタン美術館に到着です。

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<メトロポリタン美術館正面>

欧米の美術館によくある高い天井と反響する人々のざわめきがいやがうえにも気分を高揚させます。

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<美術館内>

美術館では日本の展示品とヨーロッパ印象派のコーナーを中心に見て回り、妻と子供にMP美術館グッズのバッグと傘を土産に買いました。コーチなどのブランド品は日本でも買えますが、MPグッズはここでしか買えませんので。

昼まで美術館で過ごしたあと、セントラルパークをうろつきました。ムスリムのおばさんの屋台でホットドッグと水を買って公園を横断しました。水着姿の白人女性が甲羅干しをしたり家族連れが遊んだりと実にのどかな情景です。それにしても片手にMPのお土産を詰めたショッピングバッグを、もう一方にジャケットを掴んで徘徊するアジア人はさぞかし違和感があったでしょうね。おのぼりさん丸出しですw。

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<セントラルパーク横断>

さてこれからどうしようとしばし思案した結果、地下鉄を乗り継いでロウアーマンハッタンのグランドゼロに足を延ばしてみることにしました。まずは公園の反対側に出てブロードウェイを少し下り、79丁目駅から地下鉄に乗ることにしました。

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<79丁目駅>

それにしてもNYの地下鉄駅の支柱はあっけないくらい細いです。地震国日本では考えられないほどすっきりした情景が見られます。

79丁目から乗った地下鉄が14丁目どまりなためそこで乗り継ぎ、チェンバーストリート駅で降りました。土曜の午後、これでもかというほどの晴天で暑く、ムスリムのおばさんから買った水が命の綱ですw。ふと見上げればガラス張りの摩天楼に抜けるような青空が映し出されています。

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<青空の鏡>

振り返ればグランドゼロの方角には新たなモニュメント、フリーダムタワーが建設中で、これを一目見ようとする全米、否、全世界から集まった人の姿はまるで巡礼のようです。

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<フリーダムタワー>

さすがに歩き疲れましたので帰ることにします。とぼとぼと市庁舎の方を目指しました。遠目に裁判所の建物が見えます。

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<改装中の市庁舎>

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<裁判所方向を望む>

思えば荷物と上着をぶらぶらさせながら、寝不足でふらふらしたアジア人が歩くさまは滑稽だったでしょう。いやニューヨーカーはそんなこと気にもとめていないかもしれません、良くも悪くもそういう街です。さて帰りの入り口が見えました。

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<地下鉄駅入口>

この日の気温が何度か正確には知りませんが体感的には30℃以上あったように思います。体力は相当消耗しましたので、物取りに会うことも無く無事に帰れてよかったと思います。帰りの飛行機はほとんど爆睡状態でした。

というところでお粗末な旅行記を終わります。シカゴ、NYともに10年前以来2度目ですが、飽きさせない魅力のある街だと思います。米国は確かに不思議な国だと感じました。
posted by 三四郎 at 09:32| 千葉 🌁| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月17日

シカゴ有情

ごぶさたしました。管理人でございます。昨夜22時過ぎの羽田着便で無事米国出張より帰還しました。

米国へは今回で4度目の出張になります。今回はシカゴで開催された某展示会と、当地及びニューヨークにおける顧客訪問それにファシリティ調査が目的で、米国の2大都市にどっぷり浸かってきました。

■シカゴ
6/10現地時間の16時過ぎ、シカゴ・オヘア空港に到着し米国での初日が始まります。と言ってもこの日はホテルにチェックインし夕食をとるだけです。日本から12時間、エコノミー席にエジプト王の座像の如く座り続けるのは慣れてはいますがさすがに疲れます。

この日の夕食はジョン・ハンコックセンター95Fのシグネチャーラウンジです。窓からの眺めは格別ですが、とりわけ夕日の中でミシガン湖からの霧が街を覆うさまは一種神秘的なものがあります。

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<雲海に沈む摩天楼>

もう一つ、落日が入る角度からどうぞ。

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<夕日に照らされる雲海>

日が暮れますとオレンジ色に統一された街灯がひときわ美しいシカゴの夜景が広がります。この街は道路も碁盤の目のように整然として均整のとれた美しさを見せてくれます。

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<シカゴ夜景>

翌日、展示会場のマーチャンダイズ・マートへ行く道すがら、レンガ色の外壁と木製の高架水槽が何ともいい味を出しているビルがありました。しかしこの後、このようなビルをシカゴでもニューヨークでもしばしば見かけることになりました。古建築というのは大げさかもしれませんが、戦災を受けず地震も無い米国ならではの「古い現役の近代建築」を随所で見かけるのは羨ましい限りです。

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<古建築点景>

シカゴ2日目の夕方、空き時間にミレニアムパークを散策し面白いオブジェを見つけました。「クラウドゲート」(雲の入口?)というそうです。

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<クラウドゲート>

オブジェの真下に入り上を見上げるとこんな感じです。このオブジェの意味はよくわかりませんが、シカゴ名物の霧と何か関係があるのでしょうか。

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<雲の中>

食事後、有志でブルースを聴きに行ったのですが、途中ネイビィ・ピアの方向からシカゴ市街を展望できるところを通りました。夕日に浮かぶビル群の影が実に絵になります。

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<黄昏のシカゴビル街>

グランドパークのバッキンガム噴水はこの時間、ライトアップされています。色の好き嫌いはありますが、それなりにきれいなものです。

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<ライトアップされたバッキンガム噴水>

翌日はニューヨークへの移動日ですが、午前中は自由に動けましたのでグランドパークをそぞろ歩き、フィールド博物館へ行ってみることにしました。シカゴ美術館のほうが近かったのですが、10年前に初めて米国を訪れたときに行っていましたので今回は未知の博物館にしました。

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<陸橋よりメトラを見る>

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<グランドパーク内>

平日の朝で行き交う人も少なく標識が頼りです。

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<パーク内標識>

ようやく博物館北玄関に辿りつきました。なかなか堂々たる構えです。

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<フィールド博物館>

実はここに来たのは他に目的がありまして、世界最大のTレックスの化石があるということで是非一度見てみたいと思っていました。チケットを買って玄関を入るとすぐ目の前にいましたよ、あの「スー」が。

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<スーとの邂逅>

平日で小学生の一段もやってきていましたがやはり「スー」が一番人気のようです。博物館のショップで子供らへの土産にスーのTシャツを2枚買いました。子供と言っても二人とも大学生ですからどうかな、とは思ったのですが、帰ってから渡したら喜んでもらってくれました。やはり一応「レアもの」ですからね。

博物館を出てホテルへ帰る道すがら、例のバッキンガム噴水の前を通りました。ライトアップはなく、まあ何の変哲もない噴水ですね。

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<真昼のバッキンガム噴水>

さて、これからニューヨークへ移動です。NYでは写真もたくさん撮りましたがあまりいい出来ではありませんでした。それでもマシなのを拾って仕立てるつもりです。が、いかにせん仕事も溜まっていますのでこれはまた次回のお楽しみということで。
posted by 三四郎 at 21:35| 千葉 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月14日

成人の日(雪)

朝方降り出した雨粒に白いものが混じり始めたと思ったら、昼前には本格的な雪になった。

今日は成人の日。長男も何とかこの日を迎えた。午後から市主催の式典に出るので駅まで車で送ることにしたが、玄関を開けて驚いた。千葉県ではこのごろ見ないほどの銀世界となっていた。

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長男を玄関前に立たせてデジカメで写真を2〜3枚とり、車に積もった雪を掻き落して駅まで送る。そこには長男の小中学校以来の友人たちが3〜4人待っていた。既に20歳となった顔が並んでいるが、長男にはすぐに分かったようだ。

私は彼らの名前も顔も覚えていないが、いずれ小中学校時代の幼い頃に会っていた子らだ。「よろしく」くらい言おうかとも思ったが雪の中だし、彼ら仲間の雰囲気に水を差してもと思い引き返した。

思えばこのブログを始めたのが、長男が中二の夏、6年前のことになる。小学校のころまでは少し気弱なところがあって、でもよくしゃべり笑う子だった。気持ちを強くするためにと始めさせた剣道は中学の部活としても続け、何とか初段までとった。しかしそのころから口数が減り、何かと苛立つような態度を取り始めたものだ。

しかし大学生活も2年になって、友人と東南アジアにバックパッカーとして旅行したり、アルバイトながら自大学と企業の産学連携プロジェクトに参加したりと人間関係も見聞も広がり、徐々に大人の雰囲気を漂わせ始めたことを、親馬鹿と知りつつ頼もしく思うこの頃だ。

その時が来れば、父親としてとか「人生の先輩」としてとか、何か言葉をかけるべきものと以前は考えていたものだが、いざとなれば改まって言う言葉などないようだ。知識や経験は友人や恩師のほうが伝わりやすいこともある。親はただ一人の人間として精一杯生きていることを見せておき、「相談できる」「聴くに値する」と感じさせることのほうが大事だろうと、このごろ思う。

夜に入っても雪は止む様子が無い。雪は上がってもしばらく道に残り、通勤に難儀しそうだ。だがいずれ雪は溶け、消えていく。しかし生きていく営みは日々に遠くなっても消えることはない。「成人の日」は親としても「成人」となり、新たな一章を書き始める日なのだろう。そう思った。
posted by 三四郎 at 18:06| 千葉 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月01日

謹賀新年

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あけましておめでとうございます。

旧年中は拙ブログを御贔屓頂きまして誠にありがとうございました。

今だ震災の影響も根強く残る中、鵺のような民主党政権がやっと退場しました。今年は本格的に日本再生の年としたいものです。

地味なブログですが今年も頑張って続けていこうと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。
本年が皆さまに取り幸多き一年でありますよう、心よりお祈り申し上げます。
posted by 三四郎 at 00:00| 千葉 ☁| Comment(6) | TrackBack(8) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする