2017年06月25日

節操無し

THAAD配備をするしないで中韓が揉めている。中国は政治経済両面で韓国への生殺与奪の持てる力をフル活用して制裁を加えている。

そんな中、韓国も「そっちがそうなら」とばかり、海外旅行先を中国から日本にシフトさせている、という記事があった(@niftyニュース/Record China)

>2017年6月23日、米ラジオ局ボイス・オブ・アメリカ中国語版サイトは記事「韓国人観光客、中国制裁を開始=日本旅行に転換」を掲載した
>高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に伴う中韓の対立が続いている。中国による韓国への制裁が話題となってきたが、「ここにきて韓国市民も自発的な中国“制裁”を始めたようだ」と記事は伝えている。韓国MODE旅行社の統計によると、今年5月、中国に向かう韓国人旅行者の数は前年同月比マイナス42%と大きな落ち込みを示しているそうだ
>その代わりの旅行先として浮上したのが日本だ。日本政府観光局(JNTO)の統計によると、今年5月に日本を訪問した韓国人旅行客は約56万人。前年同月比85%増という急成長だ。中国人を上回り訪日観光客の国別トップの座に就いた。MODE旅行社関係者は「THAAD問題の影響で、人気の訪問先は中国から日本に変わった」とコメントしているという


単純に、「見る・食べる・遊ぶ」の旅の三要素を満足させてくれる旅行先として、日本は世界でもトップクラスだと思う。加えて安全・安心というベーシックな要求にもほぼ完璧に応えられる。

その点、中国は景勝地や食文化などの魅力はあるが、遊びという面では「まがい物」「二番煎じ」が多い。何より安全・安心についてはあらゆる面で疑問符が付く。

そのような観光地としての魅力において日本が勝る面は確かにあるが、同時に少し節操が無さすぎやしないかとも思う。

文大統領就任以降、反日ブーストは拍車がかかり、「慰安婦像」は減るどころか増殖している。国家間の合意も平気で蒸し返し「再交渉」を官民挙げて叫んでいる中で、どうして日本に来るのか気が知れない。

確かに訪日客として来る韓国人と国内で反日に血道を上げる韓国人は別人かもしれない。それにしても「前年同月比85%増」というのは尋常ではない。「口で反日を叫びながら日本に憧れている」とは韓国通と言われる人から聞くことはあるが、俺としては理解不能でありいっそ不気味としか言えない。

さらに言えば、国内経済が低迷し若者が未曽有の就職難となっている中で、日本が有力な就職先と目されているとも聞く。

いわゆる「用日」の理屈かもしれないが、まともな神経なら屈辱と劣等感が先立ち、とても耐えうるものではない。それをものともしないこの倒錯した、否、歪んだメンタリティは何なのだろうか。「無節操」「短絡的」「刹那的」・・?

やはりあの国とは「価値観を共有」などできないことだけは確かのようだ。
posted by 三四郎 at 12:18| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月24日

迷走の始まりか

都議選が告示され、話題は国政にも影響を与える小池都知事の「都民ファーストの会」の戦いぶりに集まっているようだ。

ここにきて小池知事は最大の懸案である豊洲市場移転問題について、「築地市場との両立」という奇策を編み出している。

豊洲市場への移転を行いつつも、移転後に築地市場を「食のテーマパーク」として整備再生して復活させ、一部業者の復帰を画策している模様だ。

ちょっと聞いただけでもカネと時間が際限なくつぎ込まれるような悪い予感しかしない。その懸念を端的にまとめた記事がある(@niftyニュース/ビジネスジャーナル)

>小池百合子都知事は6月20日、東京・築地市場の移転問題について、市場を豊洲に移したうえで築地を再開発し、5年後をめどに一部業者を戻す方針を表明した。小池知事は「築地は守る、豊洲を生かす」と胸を張ったが、本稿ではこの「折衷案」は失敗する可能性が高いと考えられる理由について解説したい
●理由1:再開発で築地ブランドは消滅する
>なぜ、今の築地に人が集まるのか。そこには「昭和がある」からだ。場内、場外ともに、まるで路地裏の長屋にひしめくように、寿司屋をはじめとする飲食店、魚屋、練り物などの惣菜屋、乾物屋、雑貨屋などが、所狭しと並んでいる。あのごちゃごちゃ感が、とてつもなく心地よいのだ
(中略)
>多くの外国人観光客は、築地で魚や乾物を買うわけではない。朝食やランチに寿司を食べる人もいるが、人間味を感じる場内市場を目当てに来る。場外市場より飲食物販を除いた場内市場のほうがはるかに魅力的なのだ
(中略)
>では、人々は卸売市場のない築地に魅力を感じるだろうか。そもそも、場内を移転し場外を残すと決めた時点で、築地ブランドの価値は半減あるいはほとんど消滅したといってよい
●理由2:豊洲でできない食のテーマパークが築地でできるのか
>築地にどんな施設をつくろうとしているのかわからないが、豊洲につくろうとしていた複合施設「千客万来施設」の建設計画は昨年見送りとなった。築地が豊洲より立地が良いとしても、豊洲で無理なテーマパークが築地で成功するとは思えない
取り残される場外市場では、それこそ食のミニテーマパークづくりが進んでいる。その隣に、巨大なテーマパークができれば、場外市場は閑古鳥が鳴き、シャッター街となるだろう
(中略)
>銀座や東京駅周辺、新宿、渋谷、浅草など、新しく建設されるビルの多くは、ファッションビルではなく、食のミニテーマパークといえるものばかりだ。東京近郊は、ショッピングセンターなども含めて、食の関連施設が飽和状態というより、過剰なサバイバルゲームに突入している。少子高齢化がますます深刻になる5年後に食のテーマパークをつくっても、近隣施設との客の奪い合いを加速させるだけだ
●理由3:豊洲ですら赤字なのに、市場が2カ所で成り立つわけがない
>築地ブランドを生かすために市場が必要だとしても、豊洲市場の経営が大赤字であることが想定されているのに、市場を分散すれば赤字が拡大することは目に見えている。しかも、築地市場の取扱高は年々減ってきている。豊洲に移転したからといって、取扱高が増えるわけではない。市場を整理統合するならまだしも、拡大させるというのは時代錯誤も甚だしい

(後略)


一つ一つが首肯できる理由ばかりで、小池知事の構想はとても現実的とは思えない。特に多種多様な飲食店が犇めく東京は、それ自体が食の一大テーマパークといっていい。その一角に新たなテーマパークを作る場合は、よほどの斬新さ、他にない特徴がなければならないだろう。

天下の「築地ブランド」も、「新装レトロ」では安っぽく中途半端なものとなり却ってブランド価値を下げることになりはしないか。

記事の後略部分では、小池知事に対し「食」に拘らず「白紙の状態」で築地活用アイディアを公募してはどうかと勧めているが俺も賛成だ。

小池知事は豊洲・築地両立構想をまとめるにあたり、関係職員に「アウフヘーベンで」と指示したそうだが、両市場の価値を最大化するためには、いままさに小池知事自身が「文化」と「事業性」の統合両立を「アウフヘーベン」で概念の再構築をすべきではないのか。

既成政党による都議会支配に風穴を開けるのは良いが、開けっ放しでは困るのは都民だ。また他県民も国民として影響を被る。これが「迷走の始まり」にならぬことを望む。
posted by 三四郎 at 09:18| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月18日

野党の怠慢

通常国会が閉幕したわけだが、今国会ほど野党の怠慢が目立つ国会もなかった。

「テロ等準備法案」など国家・国民にとって重要な法案が議論の俎上に上げられながらも野党は本質的かつ建設的な議論には応じず、したことと言えば「森友・加計」と無理筋のスキャンダル狙いによる審議妨害、遅延工作ばかりであった。そのことを数多の国民は冷めた目で見ているのだが、肝心の当事者は全く分かっていないようだ(日経電子版)

(前段略)
> 「森友学園(大阪市)問題に始まり、加計学園に終わった国会だった」。自民党男性議員は充血した目でこう振り返った。「どちらも本質では政治スキャンダルになるような話ではない」と言いながらも、「謙虚に説明していればこんな騒ぎにはならなかったはずだ」。政権幹部の対応への不満が口をついた
>同党の女性議員は「(文部科学省が再調査に追い込まれるなど)後から取り繕う形になったので何か悪いことがあるかのように思われてしまった」と不満げ。「官邸はもう少し丁寧に国民に接してほしい」と注文をつけた
>野党議員の顔にも不完全燃焼感が漂う。民進党の男性議員は「与党答弁には謙虚さがない。ヤジと怒号ばかりで本質的な議論ができなかった」と憤ったが、「国会は数の論理。我々も世論の後押しを得ていかなければいけない」と自らを戒める。別の同党男性議員も「もう少し追及が必要だった」と反省した
>別の野党の女性議員は「(2009年の)政権交代前夜にあったような熱気が野党にない。一人ひとりがもっと熱くなって、役所に乗り込むくらいの気持ちがないと」と歯がゆさを口にした
>国会論戦はこの日で終わるが、23日には都議選の告示を控える。関係者は一連の審議の影響を図りかねている
(以下略)


与党側は無理筋の論理でスキャンダルを捻じ込んでくる野党を軽くあしらえると思っていたのだろうか。ただ「安倍憎し」で政策も正義もない野党は「森友・加計」で押すしかなく、マスゴミも「ニュース」になればいいのでこれを煽ってきた。

その実相を認識し、もう少し先手を打って堂々と丁寧に説明していれば野党に付け込まれることもなく、却って野党の出鱈目ぶりが早く国民各層に周知されたのではなかったか。

野党の対応は無能を超えて議員として怠慢、否意図的な無作為という意味では国民に対する背信レベルであった。

もとより「数の論理」で政治が動くことは分かり切ったことである。「テロ等準備法」も成立は時間の問題であった。俺は「テロ等準備法案」を是とし新たな時代の組織テロに備えるには必要不可欠なものと認識しているが、同時に「両刃の剣」的な側面があることも承知している。

であれば、野党のすべきことは徒にこれを妨害することではなく、法が適用されると想定される具体のケースをできるだけ多く取り上げ、政府与党の見解を引き出すことであったはずだ。

その件数が多ければ多いほど、将来、法執行の現場での判断に恣意性が入る余地が少なくなり濫用にブレーキをかけることができ、延いては一般国民を守ることになる。それが立法府の一員である野党のなすべき最大の仕事ではなかったか。

しかし今国会の野党の姿を見るに、本島にこの法案の重要性を認識していたのかと疑問に思わざるを得ない。

もし仮に将来、独裁的な政権が誕生して「普通の国民」が濫用の犠牲になることがあったとすれば、その責任は野党議員にも問われなければならない。

そのような認識もなく「世論の後押し」を期待できるはずもないし、「役所に乗り込む」熱気があってもただの空回りで終わる。野党諸氏の猛省を望む次第である。
posted by 三四郎 at 15:18| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする