2017年02月05日

反基地パフォーマンス

沖縄県の翁長知事がまた訪米し、辺野古への基地移転「断念要請」行脚をしたまわったらしい(@niftyニュース/琉球新報)

>名護市辺野古の新基地建設断念を訴えるために訪米した翁長雄志知事が3日、要請行動の日程を全て終え、ワシントンで記者会見した。翁長知事は、マティス米国防長官と安倍晋三首相が会談で米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設推進を確認したことについて「辺野古が唯一の解決策という考え方に固執すると、日米安保体制に大きな禍根を残す」と強調した。その上で「今後も辺野古新基地建設反対を継続的に訴えていく。私の決意はかえって強くなっている」と述べ、移設阻止への決意を新たにした。 知事は会見で、日米両政府が自身の訪米中に辺野古移設を推進することで一致したことに対し「沖縄県民に対して大変失礼なやり方ではないか」と反発。「辺野古反対の大きな政治勢力がつくられ、選挙で世論も示されている。県民に対し強硬なやり方では(安保体制への)大きなダメージとなる」と指摘した
>訪米に同行した稲嶺進名護市長も会見で、首相と国防長官の会談について「辺野古が唯一と言うが、根拠が全く説明されていない。絶対に県民は納得できない」と批判。「市長の権力を市民のために行使していきたい」と述べ、市長権限を駆使し移設阻止を目指す考えを改めて示した
>知事は上下両院の連邦議員らとの面談を通じて、新基地建設など沖縄の基地問題への理解が深まったと総括。「ワシントン事務所を通じて、今回の面談で得られたネットワークを活用して、継続的に新基地問題を訴える」と強調した


毎度毎度、成果が見えない「基地断念要請訪米」。今回も何ら進展はなかったようだ。そもそも「反基地反米反安倍」勢力の機関紙みたいな琉球新報にして、その記事に成果らしい成果を盛り込めていない。「面談で得られたネットワーク」なるものにしても、誰と面識ができたかさえ書かれていない。それほどに知名度も影響力もない議員らとしか話せていないということだろう。

当の翁長知事、稲峰市長にしても、訪米の具体的成果を何も語っていない。語っているのは同時期に日本で行われたマティス長官と安倍首相の会談への批判だけだ。これなら日本にいてもできたことだ。

その批判にしても「沖縄県民に対して失礼」という情緒的なものでしかない。「根拠が全く説明されていない」というが、政府の説明に耳を貸さず聞こえないふりをしているだけだろう。沖縄の地政学的な環境や中国の脅威という目の前の現実にも言及しない批判には説得力もない。

総じて「ちゃんと反基地行動しているよ」という支持者向けパフォーマンスレベルでしかない。こんな愚にもつかぬ訪米に沖縄県民は税金を支払っている。その挙句が、知事・市長の権限を駆使して反基地行動を継続する、というおよそ自治体の首長権限を逸脱した反日運動強化宣言である。

首長として他にやるべきことがあるだろうが、自らの存在意義が他に見いだせないようだ。沖縄県民はこれでいいのだろうか。
posted by 三四郎 at 10:03| 千葉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月04日

蟻の一穴

日本政府はシリア難民を「300人規模で受け入れ、定住を促進」する方向だという(yahoooニュース/朝日)

>日本政府が今年から5年間で、シリア難民の留学生とその家族を計300人規模で受け入れる見通しになった。留学生は配偶者と子供を帯同でき、家族にも生活手当が支給される。留学終了後は必ずしも帰国する必要がなく、事実上家族とともに定住する道を開くことになる
>特定国のまとまった難民受け入れ策としては、1970年代後半から2005年までに1万人を超えたインドシナ難民、10年から計123人が来日しているミャンマー難民以来となる
国際協力機構(JICA)の技術協力制度を活用し、年20人の留学生を受け入れる。対象はレバノンとヨルダンに逃れたシリア人難民。JICAはシリアの一般家庭の家族構成を踏まえ、5年の受け入れ数は300人規模になると試算。今年夏、最初の20人と家族が来日する予定
>日本政府は昨年5月、JICA枠と文部科学省の国費外国人留学制度枠(年10人)を使い、5年間で150人のシリア難民を受け入れると表明。主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)の議長国として難民問題に前向きに取り組む姿勢をアピールする狙いで、留学生の募集や留学先の選定を進めてきた


ニュースソースが「朝日」という時点で信憑性が疑われるが、そこは追及せずにシンプルにコメントすれば、「安倍さん、そりゃダメだ」。

恐らくは日本に難民受け入れ負担を迫る欧米政府の圧力をかわすための「アリバイ作り」だとは思う。人数的にも、欧州各国の難民数や60万人の在日韓国朝鮮人に比べればはるかに少ない。

しかし数の問題ではない。シリア難民に紛れてテロリストが入り込み、欧米の治安を悪化させている現実がある。

加えて難民は世代を経ることで受入国への感謝の念は薄れ、保護される権利を当然と考えるようになる。そのとき、就学や就業で困難な経験をすれば、その国、国民全体を敵視するようになる。そのような状況が慢性化し社会的階層として固定化した結果、新たなテロリストを生んでいく。

こうしたことは特に欧州で現実化している。日本国民はこれを他山の石として学ばなければならない。ましてや日本とシリアとの人種的文化的な違いは欧州の比ではない。テロとは無縁の一般人であっても、「区別」が「差別」と受け止められ、孫子の代には憎悪感情が育まれていくことは想像に難くない。

そもそも、巨視的に見れば欧米の政策的失敗の尻拭いである。シリア難民救済の責任は一義的に欧米諸国が負うべきだ。その欧米諸国の世論は「難民受け入れ反対」の流れである。

欧米諸国がこれ以上難民負担に耐えられないというなら、シリア国内もしくは周辺地域に非武装中立地帯を設け、治安を安定化させ難民発生を抑制させるのが先決だろう。そのとき、日本が国際社会の一員として、人的経済的な支援を行うことまで反対はしない。少なくとも欧米世論が反対する政策を、日本が犠牲を払って受け入れる筋合いはない。

一時の感情や政治的配慮で少数とは言え、難民を安易に受け入れるべきではない。一度「実績」ができれば、世界はその「拡大」を要求するだろう。為政者はこれが「蟻の一決」になることまで見通して決断すべきだ。
posted by 三四郎 at 13:10| 千葉 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月29日

答えを出さない理想主義

トランプ米大統領が公約の一つであるメキシコ国境沿いに壁を作る大統領令に署名した。これに関してあのドイツ・ベルリン市長が何やら上から目線で「諭して」いるらしい(読売電子版)

ベルリンのミヒャエル・ミュラー市長(52)は27日、トランプ米大統領に対し、「孤立と排斥という誤った道」に進まないように警告し、メキシコ国境沿いに壁を建設する計画の撤回を強く求めた
>独DPA通信などが伝えた
>ベルリンは東西冷戦時代に「ベルリンの壁」で街が分断された経験がある。ミュラー氏は「ベルリンに住む人々は、有刺鉄線とコンクリートの壁による分断が引き起こす苦しみを最もよく知っている」と指摘した
>1987年に当時のレーガン米大統領がベルリンで行った演説でソ連側に「この壁を壊しなさい」と迫ったエピソードにも言及し、「大統領、この壁を造るのをやめなさい」と諭した
以下略


俺がトランプ氏だったら次の二言で済ます。

「何様のつもりだ。外野は黙ってろ」

そもそも同じドイツ人が冷戦のさなかに分断されてできた壁と、今回のように大量の不法移民による貧困層の増大や治安の悪化から米国民を守るための壁とでは、その存在理由がまるで違う。ベルリン市長には「糞と味噌を一緒にする愚論」だと申し上げたい。

その前に、テロリストなどの不法入国者や経済難民等の峻別もできずに、安っぽい人道主義の理想のもと、「寛容」という名の緩々な難民・移民政策をとってきた結果、労働市場は荒れて貧困層が増大、移民階層の貧困が世代継承によって固定化し、鬱屈した感情が治安の悪化をもたらした現実をどう捉えるのか問いたい。

政治が自国民の生命、財産、人権を守るための回答を出すことができなければ、国民感情は排外主義に傾き、移民・難民に不寛容になることは当然であり、外部の者が快不快を口にするのは勝手だがこれを止めさせる権利はない。

ベルリン市長はこの当然の理を弁えて、まずは自国の自ら統治する首都の安寧のため、移民・難民政策において具体的に何をしているのか、またするのかを語るべきである。他国の批判はその後ですればいい。
posted by 三四郎 at 13:08| 千葉 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 政治・経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする